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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 38(2): 73-74 (2022)
doi:10.9794/jspccs.38.73

巻頭言Preface

「楽しく」仕事Work Together with Enjoyable Environment

国立循環器病研究センター小児循環器内科・成人先天性心疾患Departments of Pediatric Cardiology and Adult Congenital Heart Disease National Cerebral and Cardiovascular Center ◇ Osaka, Japan

発行日:2022年5月1日Published: May 1, 2022
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「あなたの仕事をする時のモットーは何ですか?」

国立循環器病研究センターで働くようになり30年以上が経過しました.建て替え前の旧センターで研修医として着任したことを昨日のことのように覚えています.長く働くなかで,私の仕事する上でのモットーはと考えると,「楽しく仕事をする」こと,のように思います.また,研修の先生方もそのように仕事ができればいいなぁとも思っています.でも,よく考えると「楽しく」という言葉の捉え方は個人によって大きく異なるかもしれません.これは人それぞれの様々な価値観に依存するように思えます.インターネットで価値観リストを見てみたら,「受容,正確,達成……安定,寛容,伝統」と60の項目が挙げられていました.そうすると,仕事の種類にかかわらずこの「楽しく」は意外に多様でその選択も難しいことのように思います.そして「楽しく」するためには多くの物事が整っていないと成立しないことのようにも思えます.(ところで脱線しますが……以前,私の恩師であった故神谷哲郎先生は研修医に向かい,データが不十分な状態で研修医が症例紹介をする際に「これは……だと思います」と答えると,決まって,「あなたが……と思うのは勝手です.証拠を示してください……」とよくおしゃっていたことを思い出します.ここのお話では証拠は示せませんが,私が思うことを勝手に綴ってみます.したがって,*これは単なる個人の感想です,ご容赦を…)

なぜかというと,「楽しく仕事をする」ための大事な前提となる要素の一つが仕事を「楽しく」する能力を身につけなければならないからです.例えば,卓球を楽しむにはサーブ,レシーブ,ラリー等の技術の習得が欠かせません.この獲得した能力のレベルがこの球技をすることで得られる楽しさのレベルも規定してしまうと考えられるからです.そこそこではそこそこの「楽しく」しか味わえないように思え,同時に観客もそこそこしか楽しめません.これを医師の場合で考えてみると,関連の領域の知識や技術の習得が欠かせない,ということに似ているように思えます.もし十分な能力が身についていないと,医師自身が楽しく医療ができないことにとどまらず,患者が不幸な転機を迎えしまうことになりかねません.これは多くの他の職種にも言えることのように思えます.しかし,厄介なことに自分の能力レベルを客観的かつ正確に自分で評価することができないことがほとんどかもしれません.自分の環境を変えることでそのレベルを自覚する機会が増えるように思われます.卓球であれば,大きな大会に挑戦してみることが自分を知るには良い方法かもしれません.医師も同様に考えれば国内外を問わず留学することはこの機会を得る貴重な経験となるかもしれません.そして,多くの人は,自分より高いレベルのものに遭遇することで,自分の位置を自覚し,自分は今のままではいけない,成長しなければ…という向上心に満ちた気持ちになるようにも思います.個人的には,このような人を眺めていると,職業に関係なく,羨ましい気持ちになり,美しく見える,と同時に応援したい気持ちにもなります.

そして,もう一つ,「誰と」というのも「楽しく」を規定する大事な要素のように思えます.よく知られた英国の諺で「結婚は悲しみを半分に,喜びを二倍に,そして……」というものがあります.仕事をする時も人数が多ければ多いほど楽しさが増すのかもしれません.そして,一人だったらめげてしまうような失敗も比較的容易に乗り越えることができるかもしれません.そう考えると,やはり「誰と」仕事をするかは「楽しく」を大きく左右する要素のように思えてきます.良い同僚を持つことや良い上司に巡り合うことはかけがえのないもので,そして,多くの人はいつもそのような出会いを求め続けているようにも思えます.そして,その同僚や上司が尊敬に価する高いレベルであった場合,その環境で仕事ができることほど幸運なことはないことのように思えます.

「何を」仕事を選ぶかも,一見「楽しく」には深く関わる要素のように思われます.しかし,この「何を」選択するかは個人の好みに大きく左右されます.そしてこの好みは生まれつきの要因に加えて,前述の多様な価値観と関係し,個人の環境や経験に大きく規定されてしまうかもしれません.そして,この好みの選択は大きな問題の原因となるようにも思われます.Aさんは赤色の服が好みなのだが,傍から見るとAさんの意に反して黒色の服が向いているようにしか見えない,ということが起こるからです.ある歌手のヒット曲がBで観客からは常にBをリクエストされているのですが,その歌手は実はCの曲が好きなので,C曲を歌い続けたら売れなくなった,というようなことは容易に起こることのように思えます.医療の世界でも,ある医師が好きで選択した領域であっても,傍から見たら十分に能力が発揮できない場合,その選択を再考する必要があるように思われます.全く違った仕事が向いているのかもしれません.しかし,一方,面白いことに,初めは要領を得なかった物事でも,それに対する知識や技量が深まると次第に好きになり,ついにはその領域の第一人者になる場合も少なくありません.一途を貫くことで,どの領域でも,頑張って10年間続けることができる幸運に恵まれれば,その領域の専門家となり,楽しく仕事ができるようになっていることが多いのも事実かもしれません.すると,この多様でしかも容易でないかもしれない「何を」選択するかという要素は,極端に言えば,長い目で見た場合には「楽しむ」ことの達成にはそれほど重要でないことのようにも思えます.むしろ,「誰と」仕事をするかが“楽しみが育まれる環境”にとっては大切なことのように思えてきます.

社会に出て,楽しく人生を過ごしたいと考えた場合,誰もが楽しく仕事ができることはとても大切なことだと思っています.若い研修医も全く同様と思います.そう考えると少しでも医療の世界に長く携わってきた先輩医師あるいは研究者は,研修医と一緒に仕事をする際に求められる資質とはどういうものになるのでしょうか? 研修医が将来楽しく仕事をしていきたいと考えている場合,臨床,基礎にかかわらず,好きなものが選択できればそれに越したことはありません.しかし,そうでなくても尊敬できる「誰か」(上司や同僚)のもとで,知識や技量(能力)の取得に努めることができる機会を与え,医師や研究者として「楽しく」仕事ができるよう,ともに考えることが大切なのかもしれません.

医学領域の場合,臨床医であれ基礎研究者であれ,人と人の関係で仕事が成り立っていて,それらの仕事の最終的な還元先がやはり人であることを考えると,「楽しく」仕事する環境を意識することは大切なことのように思えます.「楽しく」仕事ができているなかで,長く関わってきた病気を抱えた子供が成長し,社会に参加できるようになり,そして,自分と同じように「楽しく」仕事ができることを選択できた時の喜びを共有する機会に巡り合えたら,関係した全ての人にとってこれ以上にない格別な人生の一時のように思えます.

尊敬できる人とともに「楽しく」仕事ができることがこの上ないことのように思えます.

…………「あなたの仕事をする時のモットーは何ですか? 楽しく仕事はできていますか?」…………

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