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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 38(4): 262-264 (2022)
doi:10.9794/jspccs.38.262

Editorial CommentEditorial Comment

重症心不全患児の長距離搬送戦略Long Distance Transport Strategy of Pediatric Severe Cardiac Dysfunction Patient

北海道立子ども総合医療・療育センター 小児循環器内科/小児集中治療科Department of Pediatric Cardiology/Pediatric Intensive Care Medicine, Hokkaido Medical Center for Child Health and Rehabilitation

発行日:2022年12月1日Published: December 1, 2022
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心臓移植待機となった重症心不全患児の場合,小児の補助人工心臓(ventricular assist device: VAD)装着を迫られVAD装着実施施設への搬送を速やかに行わなければならない.しかし,その施設の数には限りがあり,たいていの場合,数多くの医療機器を用いて集中治療を継続しながらの長距離搬送を余儀なくされ,搬送中の安全性担保に議論の余地がある.渋谷らの論文1)は長距離陸路搬送を開胸下ECMO(extracorporeal membrane oxygenation: ECMO)で無事完遂し,ECMO搬送の管理や安全に搬送するための対策を考察した貴重な報告である.渋谷らは「搬送システムの定型化と教育体制の充実化について喫緊の課題である」と述べており,搬送元である医療者がより安全かつ搬送に関連した合併症を避けるための環境構築の重要性を再認識することができよう.本稿では重症心不全患児の長距離搬送について再考する.

搬送手段は陸路と空路に大別され,ELSO(Extracorporeal Life Support Organization)の搬送ガイドラインでは400 kmまでは陸路,400~650 kmはヘリコプター,650 km以上は固定翼機での搬送を推奨している.しかし,実際には,搬送元が北海道・沖縄を含む離島の場合や高規格の搬送車両の有無により,ELSO搬送ガイドラインに当てはまらない各施設の実情にあった搬送手段を選択しているのが現状である2).また,本邦における小児ECMOの装着状況は多くの小児施設で使用可能ではある一方,欧米に比して一施設当たりの導入数は少ないという報告がある3).そのため,一小児施設当たりのECMO搬送経験が少ないことが予想され,搬送ノウハウの蓄積は各施設に委ねられている.こうしたなかで本邦でも重症心不全患児の長距離搬送に対する報告や検討がなされている.

陸路搬送に対する搬送戦略では搬送元が所有する高規格の搬送車両を用い,豊富なECMO経験と十分な医療資源,医師・看護師・臨床工学技士で構成される搬送チームによってECMO搬送を無事に完遂できたと報告されている4).また,ECMOの施設内搬送に関する報告によれば17件の搬送時間の中央値が54分,うち搬送中の有害事象は体温低下の6件を認め,長時間・長距離搬送では加温器は必須であると結論づけている5).加温器などの大型な装置を搬送車両に設置できるなど融通の利く陸路搬送は安全性と利便性が高い.一方,空路搬送に対する搬送戦略では地方などの搬送元と搬送先が物理的に陸路で搬送できない,もしくは非常に長距離である際に選択される.補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA 2.5®, Abiomed, USA)を装着した小児重症心不全患者の搬送報告によれば,1,000 km離れた搬送先まで固定翼機を用いて総搬送時間3時間30分で無事完遂したとの報告がある6).この報告では搬送元が北海道であるため固定翼機しか選択肢がなかったが,空路搬送がもたらす搬送時間短縮という波及効果は搬送患児に与える影響を考慮すると有用であるといえよう.

陸路搬送と空路搬送を考慮した際の懸念事項に有害事象への対応と搬送時間とのバランスがある.有害事象への対応に重点を置く場合,陸路搬送を主体とした搬送戦略を迫られ,搬送時間の短縮に重点を置く場合,距離にもよるが空路搬送を主体とした搬送戦略が求められる.新生児の陸路搬送と空路搬送における搬送中の揺れの検討がなされた報告では,Fig. 1に抜粋したとおり陸路搬送に比較して空路搬送で優位に揺れが少なく,また搬送先が200 km以上離れた場合,陸路搬送と比較して空路搬送はより安全で時間短縮効果が得られると報告されている7).さらに,北海道航空医療ネットワーク研究会(Hokkaido Air Medical Network, HAMN)が運営する北海道患者搬送固定翼機(メディカルウイング®)の有効性と臨床工学技士の同乗の役割にも触れ,空路搬送をより安全に完遂できることに寄与しているとしている.重症心不全患児の長距離搬送戦略において固定翼機をより活用した搬送戦略を考慮してもよいかもしれない.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 38(4): 262-264 (2022)

Fig. 1 札幌–帯広間における車両搬送及びメディカルウイング搬送時に観測された直線加速度

上が車両搬送,下がメディカルウイング搬送である.車両と比較してメディカルウイングのほうが直線加速度値は低かった.  文献7より転載.

とはいえ,いずれの報告も搬送スタッフによる日々の準備,豊富な経験と蓄積されたノウハウによって安全な搬送を可能としていると結論付けている.このことを考慮すると,渋谷論文が述べている「搬送システムの定型化と教育体制の充実化」はまさに喫緊の課題であろう.各施設で行われている搬送手段やノウハウについて学会などを通じて共有化するなどの体制づくりが必要ではないだろうか.また,ELSOによると搬送元にECMOセンターか搬送チームが出向きECMOを導入・搬送までを行うprimary transportと,搬送元がECMO導入を行いその後の搬送をECMOセンターから出向いた搬送チームが行うsecondary transportという2つの概念がある8).このうち小児領域ではsecondary transportの導入により環境構築などの問題はあるものの,搬送経験の少ない施設でも搬送を可能とし,より多くの重症心不全患者の救命につなげられる可能性がある.また,搬送にかかる経費についても重要な課題であるが搬送チーム加算や患者搬送加算の創設など国を挙げての経済的支援も必要である.

本稿で述べた対策や課題などを踏まえ,渋谷論文が一石を投じた「喫緊の課題」について今後さらなる安全な重症心不全患児の長距離搬送戦略を計画できる環境構築に繋がることを期待する.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.渋谷将大,ほか:小児心疾患患者における開胸下ECMO の長距離陸路搬送の経験.日小児循環器会誌2022; 38: 254–261

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