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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(4): 337-339 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.337

次世代育成シリーズSeries: Training the Next Generation

外科医のこだわりと生きざまA Surgeon’s Persistence and Way of Life

筑波大学心臓血管外科Department of Cardiovascular Surgery, University of Tsukuba ◇ Ibaraki, Japan

発行日:2021年12月1日Published: December 1, 2021
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どの創作の世界でも機能に優れるものは美しいもので,小児心臓外科医がよりよい機能を探究して創り上げていく手術も例外ではないと思う.ただしわれわれの仕事の場合,患者や家族はその機能の改善は感じても,美しさを理解するにはおそらく及ばない.すなわち,われわれ外科医の勝負の相手は目の肥えた小児循環器科医や内科医であって,そのプロの眼鏡にかなう,あるいは想定の上を行くアウトカムを示してこそ外科医としての面目躍如であろう.いや,さらに言えば,準備段階や外科医の一挙手一投足を知らない内科医には,それがどれほど準備された緻密な工程から生まれたものかは理解しがたいかもしれない.とすれば,丹精込められた機能美たるか否かはこだわりを持って創り上げた術者のみが謙虚かつ誠実に評価すべきもの,し得るものであり,自分自身にごまかしは利かない.

私が20年来こだわってきたもののひとつにVSD閉鎖の機能美がある.Perimembranousならば後下縁の心内膜を薄く辺縁沿いに歩む連続縫合(図1)によって伝導系中枢部や右脚の損傷を避け,中隔尖には針をかけず,できれば追加針もかけずにひと針で周りたい.うまくすればパッチはVSDの形どおりになじみ,右脚ブロックも三尖弁逆流もない手術になる.合理的なこの手技に慣れれば,あらゆるVSDが30分以内で閉鎖でき,複雑心疾患への対応の幅が広がる.Conal defectならば,大動脈弁輪–肺動脈弁輪間の限られた線維組織をやはり辺縁と平行に歩むことで肺動脈側への刺出をなくし,うまくすれば肺動脈弁の歪みを作らずに終えられる.いずれも「うまくすれば」というところがミソで,わずかな運針やデザインの歪みによって理想に及ばないことがほとんどである.決して標準化し難い秘技ではなく,むしろシンプルでわかりやすいのだが,理想の縫合ラインを百発百中でなぞることができると感じた外科医は,私がこの手技を学んだPhiladelphia小児病院のThomas Sprayだけだ.カンファレンスで小児科医が「どうやって弁輪間のわずかな線維組織にパッチをあてるのか?」と彼に尋ねた時,彼は「Very carefully」の一言で沈黙させた.コンセプトは理解できても,その針先にこめる外科医のこだわりまではわかるまいと言わんばかりであった.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(4): 337-339 (2021)

図1 Perimembranous VSDの連続縫合閉鎖

私は釣りをするが,釣り人の境地は実に小児心臓外科医のそれに通じるものがあると常々思っている.釣り人の多くが共感するであろう中国の諺がある.

一時間幸せになりたかったら,酒を飲みなさい.

三日間幸せになりたかったら,結婚しなさい.

八日間幸せになりたかったら,豚を捌いて食べなさい.

永遠に幸せになりたかったら,釣りを覚えなさい.

酒も結婚もちびちびやればもう少し長持ちするかもしれないが,それはさておき,釣りはさほどに奥深く,いかに周到に準備し,実釣を重ね,仕掛けを凝らしても生涯満足には至らないというのである.しかしその果てのなさこそが釣りの妙味であり,釣れても釣れなくても高みを求めてまた次なる闘いに臨むのだと.手術も然り.今日の勝利は明日の成功を何ら保証せず,神出鬼没の魚や千変万化の自然との駆け引きのように,症例ごとの変化に沿って手技,道具や手順を工夫し,次はもっと早く,もっと美しくと挑み続ける道の先にゴールはない.ないからこそ合点がいくまで患者のそばに立ち,準備を重ね,策をめぐらす.嵐の夜に農夫が手塩にかけた田んぼを見回り,豆腐屋が大豆を夜通し炊き,野球選手が畳がすり切れるほど素振りをするのと同じで,これらは外科医にとってもはやビジネスではなく,何人も干渉できない「生きざま」である.

そんな釣り人,いや外科医にもいよいよ「働き方改革」の波が現実として押し寄せつつあり,われわれの元来の働き方,「生きざま」へのリスペクトもそこそこに,ビジネスライクなメスが入ろうとしている.働き方改革関連法の骨子は,①時間外労働の上限規制,②年次有給休暇の取得,③正規・非正規労働者間の待遇統一の3つで,労働時間の制限や勤務間インターバルの確保が主たる切り口になっている.それはもちろん正論であり合理的で,特にこれまで時間に無頓着でブラックと悪評高い外科領域にとっては変革を遂げるための絶好の追い風でもある.タスクシェアリング,シフト制の導入,主治医制からの脱却,ICTの活用などが真剣に取りざたされるようになったのは喜ばしいことだ.しかしやや性急で画一的ではないかとも感じる.そもそも外科医はそんなに長時間や不規則な労働が不満かというと,実は核心はそこではないように思う.メリハリは大事だし,休めるに越したことはないが,休むことよりも患者を助けることに外科医のpriorityは常にある.釣りの「時合」と一緒で,患者に接するべき時間は病勢が決めるものであって予定などあってないようなものである.研究とて然り.われわれの研究は業務の一部ではあるが,趣味としての「自由研究」の側面もあり,時には夜なべしてでも自由にやりたい.長時間勤務や労働対価の少なさに不条理を感じることが時にあったとしても,目の前のミッションに全力を注ぐという外科医のプロフェッショナリズムがそれによって揺らぐことはないし,ミッションの中の時間という要素については,農夫や豆腐屋にそれが許されるように,外科医も自らの裁量でやりくりしたい.頑ななルールによって時間的な自由度を極端に失うことがあれば,むしろ働きやすさやそれに連動する診療や研究の質を脅かす逆説的なしくみとなる可能性すらあると危惧する.

昨年夏(2021年)の奈良で開催された本学会学術集会において,先天性心疾患の手術実施施設集約化に向けての提言を次世代育成委員会の一員としてプレゼンしたが,そのなかで,「集約化により,すべての手術実施施設が2024年度から始まる『医師の働き方改革』に準拠し得る体制となることが望ましい」と述べた.上記の労働時間規定への警鐘は一見この提言に相反するかもしれないが,せっかくの改革の好機を真に外科医のためのものとするには,職人たる外科医の矜持や働きやすさにも目配りしながら,持続性を担保するためのよりよい落としどころを見いだして行くべきであろうという思いは捨てがたい.

IT化の副作用か,近頃日本がとても薄っぺらで,不人情で,正義や夢のない国に変わりつつあるように憂うなか,これから始まる時間を基軸とした働き方のパラダイムシフトが,24時間働くサムライ型労働者などもはや時代錯誤だと,日本の外科医ならではの「普遍性」や「生きざま」までをも切り捨ててしまわないでくれればありがたい.もちろんわれわれベテランは次世代のためにあらゆる側面から働き方改革を推し進め,効率的な育成制度を整備し,小児心臓外科という領域の持続性を担保していかねばならないが,それとともに外科医として生きることの醍醐味や矜持を若者たちに粘り強く伝え続けていく責務もある.若手とすれば,「普遍性」や「生きざま」の中には苦しみや忍耐も含まれ,自らの育成は敷かれたレールの上で与えられるばかりではなく,貪欲に勝ち取り,勝ち抜くものであることも心得ていてほしい.そのようにして皆の努力ででき上がる合理性と普遍性とを兼ね備えた医療現場こそが今般の働き方改革の真に目指すべきところであろうし,それが叶うことでようやく本当の意味で外科医の人生が輝いて見える時代が若者たちのもとに訪れるのを心待ちにしている.

謝辞Acknowledgments

本稿のためにイラストを描き下ろしてくださった末次文祥先生に深謝します.

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