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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(3): 248-249 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.248

次世代育成シリーズSeries: Training the Next Generation

フランスにおける小児心臓外科Pediatric Cardiac Surgery in France

福岡市立こども病院心臓血管外科Department of Cardiovascular Surgery, Fukuoka Children’s Hospital ◇ Fukuoka, Japan

発行日:2021年11月1日Published: November 1, 2021
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私は2016~2017年にパリのネッカー小児病院(Hôpital Necker-Enfants Malades)へ留学した.ネッカー小児病院は18世紀に設立された世界最古の小児病院とされる.人口約220万人のパリには小児心臓外科施設が3つあるが,フランス全土のみならず近隣諸国からも多くの症例がネッカー小児病院に集まっていた.2016年当時,小児心臓外科にはPascal Vouhé教授とOlivier Raisky教授を中心に4名の執刀医がおり,その他に正規のフェローが2~3名(フランス人1名,海外から1~2名),私のような海外からのインターンが数名という陣容であった.小児心臓外科を含む循環器部門は4階にあり,病棟,ICU,手術室,カテ室がひとフロアにまとめられていた.この手術室は心臓外科専用となっており,2つの手術室を使って1日4件,年間800例を超える手術が行われていた.現在はICUが拡張され年間1,000例を超えていると聞く.

症例は二心室根治の症例が多く,単心室疾患は少なかった.フランスでは左心低形成症候群などは胎児診断の段階で妊娠中絶となることが多いのだという.日本に比べて大動脈縮窄や大動脈弁狭窄などの左心系疾患の頻度が高く,ネッカー小児病院で考案されたmodified Konno手術を多く見ることができたのは勉強になった.他には肺動脈閉鎖兼心室中隔欠損に対する積極的なpalliative RVOTRや,左心低形成症候群に対する新しい試み(動脈管をhomograftで置換+両側肺動脈絞扼術)が印象に残った.

手術は執刀医とフェローの二人で遂行できるようにシステム化されていた.Stay sutureを多用して上手に視野を作っていき,事もなげに手術をすすめていく.心筋保護液はcustodiol HTK solutionを用いており,1回の注入で長時間の遮断ができるため手術の手を休める必要がなく,使い勝手が良さそうであった.全てが簡素でスピーディで,さすがヨーロッパ有数の施設であった.しかし日本人の目からすると「?」と思うこともあった.例えば,術中エコーは心内遺残空気や残存病変の検索に有用なのは周知の事実だが,限られた症例でしか行われていなかった.それはまだしも,術前後のレントゲン撮影がなかったり,縫合針の数を看護師がカウントしていなかったのは衝撃であった.

術後管理は麻酔科と小児循環器科が担当していた.外科医はICUで患者を引き渡したら直ちに次の患者の手術に向かい,その日の症例が終われば帰宅する.外科医が手術に専念できるという点ではこの上ないシステムであった.しかし一方で,手術に携わっていないものが術後管理をするため,術中所見に応じたきめ細やかな管理はできない.何より,術後を見なければ外科医は自分の手術に対するフィードバックができない.その点では日本とフランス,どちらのシステムにも一長一短があると感じた.

フランス随一の症例数を誇る小児心臓外科施設であるが,正規のフランス人フェローはわずか一人であった.小児心臓外科医として働くポストには限りがあり,ポストが空くまでは留学をしたり成人の施設で働きながら待つのだという.フェローに執刀の機会が多いかというとそうでもなく,せいぜい年に数例,ASDやVSDを執刀する程度であった.では若い外科医がどこで執刀経験を積むのか.残念ながら詳しく知る機会がなかった.だが同僚のモザンビーク人インターンから興味深い話を聞いた.旧宗主国であるフランスは旧植民地であるアフリカ諸国に積極的に医療支援を行っている.小児心臓外科も例外ではなく,彼の母国では年に2回,各2週間ずつネッカー小児病院から医療チームが派遣され,複雑心奇形の手術が集中的に行われるのだという.そういった折に若手心臓外科医が数多く執刀するそうだ.日本との違いを考えさせられる一事であった.

女性の就業率が80%を超えるというフランスだけに,スタッフに女性が多かった.コメディカルはもちろんのこと,小児循環器科医の8割方は女性であった.どういうわけか彼女たちは白衣ではなく私服で病棟業務をしていたので,カンファレンスなどで集まるとひときわ華やかな雰囲気であった.小児心臓外科も,執刀医は別として,フェロー以下は女性が多く集まっていた.一時は8人のフェロー・インターンのうち5人が女性ということもあった.術後管理を外科医が担当しないフランスのシステムは,仕事で拘束される時間が短くなり,女性が小児心臓外科を志すうえでのハードルを下げているのであろう.またある手術の際,執刀医と人工心肺技師との間で意見の相違があり,女性の人工心肺技師が臆することなく昂然と抗議していたのも印象に残った.性別や立場にとらわれず自分が正しいと思ったら毅然と意見する,この姿勢は見習うべきだと思った.

以上,私が留学中に見聞きしたことをとりとめもなく述べた.日本とフランス,どちらのシステムにも長所短所があり,優劣をつけられるものではない.施設集約化の進んでいるフランスとそうでない日本,そこに根本的な相違があり,必然的に外科医の育成システムに相違が生じているものと思われた.最後になるが,留学の機会を与えてくれた九州大学循環器外科教室と,日本から来た私を快く受け入れてくれたネッカー小児病院小児心臓外科部門に心から感謝の意を表したい.

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