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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(3): 215-216 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.215

Editorial CommentEditorial Comment

小児循環器疾患における緩和ケアPalliative Care for Children with Heart Disease

北海道療育園Hokkaido Ryoikuen ◇ Hokkaido, Japan

発行日:2021年11月1日Published: November 1, 2021
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緩和ケアとは

WHOは2002年の提言で,緩和ケアを「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価し対応することで,苦痛を予防し和らげることを通じて向上させるアプローチである」と定義した1).当時はがん医療のガイドラインの中で適用されるべきケアとして定義づけられたが,2018年には,Universal Health Coverageの一つとして対象がさらに拡大され,対象に“serious illness”を含むことで,死亡する可能性が非常に高いが,治療によって治癒する状態であっても緩和ケアを提供すべきとした2).すなわち,緩和ケアとは,死が不可避かどうかを問わずに提供されるべき医療であり,疾患そのものの治療と並行して行われうるものである.

同じく2018年にWHOによる小児緩和ケアのガイドラインも示され,子どもおよびその家族に対する支援を含むトータルケアを指し,成人緩和ケアとの違いとして,終末期の予測や,生命・機能的な予後の予測が難しいこと,成長・発達する存在であり,また発達状態は個々で異なることを考慮したコミュニケーションや,緩和ケア・治療のアプローチが必要であること,正常な健康状態の子どもでは生命に危機が訪れる状況は通常ないため,家族にとって情動的負担が非常に大きく,時には家族の決断が子どものQOLを損なうことにもなりうること,情動的負担は医療者にとっても大きく治療方針に影響しうることなどを示している3)

成人領域における循環器疾患緩和ケア

循環器疾患においては,増悪しても集中治療により速やかに改善し緩解増悪を繰り返しながら悪化していくことが多く,以前は末期心不全に至るまで緩和ケアの導入に至らなかった.しかし,2017年の日本循環器学会らによる「急性・慢性心不全診療ガイドライン」に緩和ケアの必要性が明記され4),続いて2021年には日本循環器学会・日本心不全学会合同ガイドラインとして,「循環器疾患における緩和ケアについての提言」が発行,心不全診療の中に徐々に組み込まれつつある5)

循環器領域における緩和ケアの特徴として,寛解・増悪を繰り返すことを前提に治療・ケアを行う必要があり,長期的視野では緩和ケアを提供すべき状況であるのにもかかわらず,提供すべき機会を「見逃す」可能性があること,病状や経過によっては集中治療や外科治療が患者のQOLに大きく寄与することがあり,「積極的治療か緩和ケアか」といった二者択一で治療が選択されるべきではないこと,心不全患者や家族と医療従事者との会話の焦点の大部分は疾病管理に当てられ,ケアの目標や意向に関しての話し合いが行われにくいこと,心不全に対する侵襲的治療を含めた治療自体が症状緩和にもなり,がん治療で行われている医療的麻薬やステロイドなどを用いた介入のタイミングが難しく,その効果のエビデンスもまだ十分ではないこと,などがある5)

小児における循環器緩和ケア

現在,先天性心疾患患者の多くは成人期まで生存するが,一般人口に比べると平均余命は短く,心不全,突然死,外科的治療の合併症など,心疾患そのものに起因する死亡が依然大きな割合を占める6).これは,多くの先天性心疾患患者が,心不全の進行による苦痛や病状の悪化に伴う時として侵襲的な治療を経験していることを意味するが,先天性心疾患患者の緩和ケア,アドバンス・ケア・プラニング(ACP)の導入はその頻度も時期も,小児あるいは循環器疾患緩和ケアにおいて先進的な地域である欧米においてもいまだ不十分である7–11).背景として,小児緩和ケアが比較的確立されたがんと異なり,非がん疾患は病状が長期にわたり変化しやすく終末期を正確に把握することが難しく,同じ先天性心疾患であっても症状や重症度に幅があり共通性・法則性がないため,緩和ケア,ACP導入のタイミングをとらえるのが難しいこと,医療スタッフ自身が両親に終末期であることを伝えることをためらい,告知が遅くなってしまうことなどが指摘されている12).結果として,心疾患により児を失った両親は死の直前まで生存の可能性が極めて低いことを自覚できず,終末期の緩和ケアを十分にできなかったとされており10, 11),医療スタッフが児の重症度を正しく伝えられていないことが緩和ケアの導入を妨げる一因といえよう.

また,先天性心疾患の包括的ケアは多くは胎児期または出生時に心疾患を診断された時点での両親に対する支援から始まり,先天性心疾患患者は自らではなく両親が病気の説明を受け治療法の決定も行っていく中で成長するため,両親への依存度が高く,自身の病気や今後起こりうる合併症などに対する理解度も低いことが多く,終末期の告知の時期とその内容の決定が難しいケースが少なくないとされ13),本人への告知が行われない原因となっている.成人への移行などを通し自らの持つ疾患とその長期予後を理解していくなかで段階的に終末期の緩和ケア,ACPなどを話し合うことが大切と考えられる13, 14)

森論文でも指摘されているように,本邦での小児心疾患に対する緩和ケアについては,ガイドラインや指針は示されていなく,まとまった報告もない15).本論文が示すように,いかに助けるか,という意味で劇的に予後を改善させてきた我々小児循環器医にとって,患者の助けとなるような終末期医療についても考える時期が来ているといえよう.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 森 雅啓,ほか:小児期・青年期の慢性心不全緩和ケアの現状と課題.日小児循環器会誌2021; 37: 208–214

引用文献References

1) Wortld Health Organization: National cancer control programmes: Policies and managerial guidelines, 2nd ed. 2002

2) Wortld Health Organization: Integrating palliative care and symptom relief into primary health care: A WHO guide for planners, implementers and managers. 2018

3) Wortld Health Organization: Integrating palliative care and symptom relief into paediatrics: A WHO guide for health care planners, implementers and managers. 2018

4) 日本循環器学会,日本心不全学会:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).2017

5) 日本循環器学会,日本心不全学会:2021年改訂版 循環器疾患における緩和ケアについての提言.2021

6) Raissadati A, Nieminen H, Haukka J, et al: Late causes of death after pediatric cardiac surgery: A 60-year population-based study. J Am Coll Cardiol 2016; 68: 487–498

7) Keele L, Keenan HT, Sheetz J, et al: Differences in characteristics of dying children who receive and do not receive palliative care. Pediatrics 2013; 132: 72–78

8) Trowbridge A, Walter JK, McConathey E, et al: Modes of death within a children’s hospital. Pediatrics 2018; 142: e20174182

9) Tobler D, Greutmann M, Colman JM, et al: End-of-life care in hospitalized adults with complex congenital heart disease: Care delayed, care denied. Palliat Med 2012; 26: 72–79

10) Blume ED, Balkin EM, Aiyagari R, et al: Parental perspectives on suffering and quality of life at end-of-life in children with advanced heart disease: An exploratory study*. Pediatr Crit Care Med 2014; 15: 336–342

11) Balkin EM, Wolfe J, Ziniel SI, et al: Physician and parent perceptions of prognosis and end-of-life experience in children with advanced heart disease. J Palliat Med 2015; 18: 318–323

12) Balkin EM, Kirkpatrick JN, Kaufman B, et al: Pediatric cardiology provider attitudes about palliative care: A multicenter survey study. Pediatr Cardiol 2017; 38: 1324–1331

13) 日本循環器学会,日本小児循環器学会,日本成人先天性心疾患学会,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本心エコー図学会,日本産科婦人科学会:先天性心疾患の成人への移行医療に関する提言 第2版.2019

14) Schwerzmann M, Goossens E, Gallego P, et al: Recommendations for advance care planning in adults with congenital heart disease: A position paper from the ESC Working Group of Adult Congenital Heart Disease, the Association of Cardiovascular Nursing and Allied Professions (ACNAP), the European Association for Palliative Care (EAPC), and the International Society for Adult Congenital Heart Disease (ISACHD). Eur Heart J 2020; 41: 4200–4210

15) 森 雅啓,青木寿明,藤﨑拓也,ほか:小児期・青年期の慢性心不全緩和ケアの現状と課題.日小児循環器会誌2021; 37: 208–214

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