日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(2): 153-155 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.153

次世代育成シリーズSeries: Training the Next Generation

ドイツの小児心臓外科育成システムGerman Training System in Pediatric Cardiac Surgery

ドイツ心臓センターミュンヘン小児心臓外科German Heart Center Munich, Germany

発行日:2021年8月1日Published: August 1, 2021
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この度はドイツの小児心臓外科育成システムについて報告する機会を与えていただいたこと大変光栄に存じます.私は1994年に大阪大学医学部を卒業して当時の第一外科に入局,松田暉教授の指導の下,阪大病院及び関連施設で初期研修を行い阪大大学院で医学博士を取得した後ドイツに渡り今に至ります.渡独のきっかけは2003年ドイツ外科学会への奨学生としての参加と,それに続くドイツ・ハノーファー医大胸部心臓血管移植外科へのクリニカルフェローとしての留学でした.アクセル・ハーベリッヒ教授の下で心臓血管外科,胸部臓器移植の研修を積んだ後,2006年に小児部門のスタッフに採用され小児心臓手術の執刀経験を積む一方,再生医療研究の日欧国際コンソーシアムを立ち上げ,心筋再生・組織工学の国際共同研究を行いました.研究の一環として,ハノーファーで開発された脱細胞化ホモグラフトの本邦における肺動脈弁位への臨床応用の導入があり,この成果は山岸正明教授が会長を務められた昨年の小児循環器学会学術総会で発表させていただきました.2012年にドイツの心臓外科専門医,2013年にHabilitation(教授資格)を取得した後,2014年にミュンヘンのドイツ心臓センターに異動,2019年にミュンヘン工科大学の教授に就任,欧州のトップ施設のスタッフとして小児心臓外科の臨床・研究・教育に精進しております.

さて,本題のドイツの小児心臓外科教育システムについて述べますと,まず特徴としてドイツの小児心臓外科教育は成人心臓外科専門医取得後のsub specialityとして成り立っていることが挙げられます.小児心臓外科を志す者はまず心臓外科専門医を取得する必要があり,これには成人心臓外科での臨床経験(病棟業務,ICU勤務経験,他の外科のローテーション経験)とバイパス手術をはじめとする成人心臓手術の執刀経験が必要になります.手術経験数の基準は変遷を繰り返していますが,現在は120例程度の開心術執刀が基準になっているようです.小児心臓外科の資格としては「Zertifikat」があり,これは心臓外科専門医を取得して2年後以降に一定の小児心臓手術の経験を積んで口頭試問に合格すると取得することができ,5年毎に更新するシステムになっています.

ドイツは心臓手術施設が国内約80カ所に集約されており,一施設あたりの年間手術数は1,000例程となっています.私が勤務していたハノーファー医大の心臓手術数は約1,200例,胸部手術は約400例(うち肺移植が約100例),ミュンヘンの心臓センターは約1,700例(成人1,200例,小児500例)です.小児心臓施設は現在20カ所弱で,ボンの近郊Sankt Augustinにあったドイツ小児心臓センター(現在はボン大学に移転),ベルリンの心臓センター,それに私が現在勤務しているミュンヘンの心臓センターが年間500例行うhigh volume centerで,バドオエインハウゼン,ライプチヒの心臓センターなどがそれに続きます.英仏では小児心臓施設数が一桁台なのに比べるとまだ集約化が進んでいない印象ですが,3年前に当センターで小児部門が成人心臓外科から独立した際には,ミュンヘン大学の小児心臓外科を合併し,現在人口1,300万人のバイエルン州はミュンヘンの我々のチームとエアランゲン大学(ニュルンベルグ市近郊)の2施設に集約化されました.一方,隣のバーデン=ヴュルテンベルク州は人口1,100万人ですが,小児心臓施設は4カ所あり(シュツットガルト,チュービンゲン,フライブルグ,ハイデルベルグ),各施設が年間200例程を手術しています.ドイツは州の自治が強く法律や休日も異なるので,州の行政方針によって集約化状況が異なるのが現状です.

小児心臓外科を目指す若手は医学部を卒業後,心臓外科施設に入局して成人の病棟業務,ICU業務をこなし,一方で研究論文を執筆して専門医取得のための執刀機会を上司から与えてもらい,心臓外科専門医を取得した後に小児心臓外科部門のスタッフの枠を探すことになります.もちろん成人と小児の手術を行っている施設であればローテーションの形で専門医取得の執刀を小児の症例で稼ぐことも可能です.ただしドイツの心臓外科専門医はあくまで成人主体ですので成人の執刀経験は必須で,私も専門医取得に際しては冠動脈バイパス手術等の執刀を経験させてもらいました.一般的にドイツ人は小児心臓外科に対する興味関心が低いようで,そのせいもあってかドイツの小児心臓外科施設のスタッフには非ドイツ人の割合が多くなっています.我々のチームもホーラー主任教授ともう一人はドイツ人ですが,他はフランス人とのハーフ,クロアチア人,スロベニア人,イラン人,ウクライナ人,それに私といった構成です.また,女性心臓外科医が多いのも特徴です.次世代育成という観点からはやはりベルリンやミュンヘンの心臓センターが果たす役割は大きいと言えますが,医局制度がないので優秀な外科医は次々と大きな施設に移ってキャリアアップしていけるのが日本と違うところです.

日本からドイツへの心臓外科留学については,成人部門では先駆者である南和友教授,私と同世代の慈恵医大の國原教授,旭川医大の紙谷教授をはじめドイツで長く経験を積んで日本で活躍されている方がたくさんおられます.小児部門においては上述のSankt Augustinのドイツ小児心臓センター,ベルリンやライプチヒの心臓センターにこれまでに何人かの日本人小児心臓外科医が留学しています.ミュンヘンの心臓センターにも昨年阪大から木戸孝志君が留学して臨床・研究活動に励んでくれています.

私のドイツ滞在も16年に亘り,その間たくさんの日本人心臓外科医の方々と接してきました.ドイツに限らず海外で心臓外科医として研鑽を積みたいと考えている人は今でも多くいると思いますが,それを実現できる人は限られており,ドイツでは最近医師免許(Approbation)の取得が難しくなったこともありその壁は益々高くなっているように思います.ただそんな状況の中でもその壁を突破してポジションを獲得して頑張っている人がいるのも事実です.そんな人達に共通な特徴を挙げると,まず明確なビジョンを持っていることです.心臓外科医として自分はどうあるべきなのかというビジョンを明確に持っている人には,そのビジョンを実現するための道筋が明らかになってきます.漠然と心臓外科医になりたい,心臓手術を執刀したいと思っていても,具体的に自分をどう生かしてどうやってそういう位置にもっていくかを考えられない人にはなかなか道筋が開けてきません.言葉や習慣,医療体制が違う海外でそれを実現するのは更に工夫が必要なのは言うまでもありません.心臓外科の道はシステムが育てるものではなく,個々の人間が切り拓いていくものと思います.次には上司(Mentor)から惹かれる何かを持っていることです.人間的な魅力,研究論文を執筆する能力,まわり(Co-medical)とうまくやっていく人間性,そして手術中の貢献(最初はうまく助手が務まるか,後にはもちろん執刀医としての能力),それらの事が異国の社会に溶け込んでいく鍵になります.外国からの留学生が多いハノーファー医大の心臓外科でも,能力が同じであればドイツ人を使う,留学生は何か特殊な能力がなければ残さない,と言われていました.自分を知り,自らの長所を最大限に活用して上司に引いてもらい,まわりに溶け込むことが海外で仕事を続ける上では重要な要素になります.そして最後に必要なのは根気と粘り強さだと思います.これは努力を続ける能力とでも言い換えられると思います.単調でつまらないと思われることをあきることなく根気よく続ける持続力です.特に小児心臓外科は奥が深い分野です.病態の把握から,様々な大きさの患者を手術する能力,一例一例形態の違う修復を完璧に行うには相当な年月の研鑽が必要ですし,単心室の患者の治療にあたっては未だに答えのない手術を行うこともしばしばです.そういった疑問に対するあくなき探求心のようなものを持ち続けて手術に臨む覚悟が必要と思います.これは日本にいるか海外にいるかは関係なく,日本や世界の一流と言われる小児心臓外科医の先生方には今でもそういった点で感銘を受けることがしばしばあります.

原稿の依頼の趣旨であるこれから留学を目指す若手心臓外科医に対するメッセージとしては,ドイツは日本に比べれば集約化が進んでいるので,うまくポジションをつかめれば大きなチャンスがあるということです.ドイツでは外科は内科の一部という考えが浸透していてコメディカルも多いので,外科医の役割はかなり手術に特化されていて毎日の手術が仕事の中心です.ただ留学する前にある程度心臓外科医として臨床経験を積み,同時に研究論文を「英文で」執筆することを勧めします.研究論文を執筆することは複雑な病態を整然と理解するために非常に重要ですし,留学に際してパスポートの役割を果たします.

ドイツに長く滞在する日本人心臓外科医も気がつくと私だけになってしまいましたが,今後優秀な若手の挑戦は喜んで支援する所存です.

最後になりましたが,このような貴重な投稿機会を与えていただいた日本小児循環器学会の皆様,理事長の坂本喜三郎先生,編集室の皆様に改めて厚く御礼を申し上げます.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(2): 153-155 (2021)

ドイツ心臓センター小児チーム

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(2): 153-155 (2021)

執刀した患児と母親と

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