日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 36(3): 175-176 (2020)
doi:10.9794/jspccs.36.175

巻頭言Preface

生涯医療の中の小児循環器病対策を取り巻く状況とデジタルデータコロナ危機の2020年に思うCircumstances Surrounding Measures Toward Pediatric Cardiovascular Diseases in the Lifelong Health Care: Viewed from 2020 under Coronavirus Crisis

三重大学医学部附属病院周産母子センターPerinatal Care Center, Mie University Hospital ◇ Mie, Japan

発行日:2020年10月1日Published: October 1, 2020
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‘When written in Chinese, the word “crisis” is composed of two characters. One represents danger and the other represents opportunity. —John F. Kennedy’

「臨床研究は,新型コロナ(COVID-19)に関連した課題でなければ休止状態で,….しかし,webセミナーのプレゼンにも慣れ,….」「3月中頃から5月初めまで,外出禁止令で実験室の入室が禁止され,….終日,自宅待機しながら,定期にwebカンファを….」「…小学生の子どもにもコロナ休校開始1週間足らずでweb授業が開始され….」先日来(5月末日の執筆時点)の欧米の知人とのメールのやり取りです.報道によれば,海外のある大学の文系教官の話では,「1年間も議論したが一向に進まなかったweb授業が,新型コロナ休校により1週間で開始できたと」.「窮すれば通ず」です.

実際の非対面の社会活動の中で,日本でも行政手続きのデジタル化,義務教育のweb授業の普及にむけたWi-Fi環境と学習管理システム(LMS),デジタル教材の整備が課題となっています.医療では,オンライン診療の時限的,特例的な解禁がなされ,医学分野では,open-access論文と各種SNSの医学的利用の増加が,新型コロナ関連情報の拡散に繋がっています.webの事務会議,セミナー(Webinar)が日常化するなか,中止・延期が続いた学術集会でも,双方向性のweb開催が増えてきました.2020年の生涯医療の中の小児循環器病対策を取り巻く状況を振り返り,コロナ危機はデジタルデータについてあらためて考える機会になればと思います.

2019年12月1日に成育基本法と同時に,健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病に係る脳卒中循環器対策基本法が施行されました.2020年には,小児慢性特定疾病対策と移行期医療支援を規定する改正児童福祉法と指定難病に関わる難病法の一括した見直しも検討されています.2019年4月1日には,日本成人先天性心疾患学会の専門医制度が始まり,全国で81専門医修練施設と172名の暫定専門医が認定されました.2020年は,先天性心疾患を初めとする小児心疾患の成人への移行期医療・支援と成人の循環器病の小児期からの予防対策の新しい年と言えます.

1980年代初頭頃の新生児・乳児に対する開心術の盛んになる前は,先天性心疾患の主な診療対象は小児でした.小児循環器診療と外科手術の進歩により,95%の例が成人に至り,1997年には術後も含む成人例が小児例を凌駕しました.2016年には我が国の先天性心疾患を持つ成人の数は50万人と推定され,継続的に医療を受ける虚血性心疾患の患者数(厚労省)の72万人(2017年現在)と対比されます.一方,成人の脳卒中循環器病一般では,平均寿命が2017年現在で男性81.1歳,女性87.3歳と延び,団塊世代が後期高齢者に突入する2025年には65歳以上の人口が約30%(1/3人),75歳以上の後期高齢者が約18%(1/5人)に達し,2025年問題と言われます.後期高齢者の死因の第1位は脳卒中循環器病であり,さらに平均寿命と健康寿命の乖離が,男性で約9年,女性で約12年と生じ,乖離の原因の1/4を脳卒中循環器病が占め,その対策の重要性が叫ばれています.

先天性心疾患の小児の成人期への移行に際して,未手術例,術後例における成人期の病変の進行,合併症,続発症,妊娠出産への対応と種々の成人病の発生が問題となります.そのなかで,診療離脱例が問題となり,小児から成人に至るシームレスな「生涯循環器医療」,ライフステージに応じた先天性心疾患の治療管理と行政的支援が求められます.一方,成人の循環器病の予防に関連して,粥状硬化は病理学的に小児期から認められることが知られ,胎児期・周産期の健康・生活習慣・栄養状態が成人期の健康に影響を及ぼすBarker仮説(DOHaD仮説)に関連して,日本でも3世代コホート研究,エピゲネシスに関連した基礎研究などが行われています.成人病への胎児,小児期からの生涯医療について,これまでの成人期の定期健康検診(労働安全衛生法),特定検診(高齢者医療確保法)に加えて,学校検診と食育,妊婦検診など多方面の取り組みが重要となります.

そこで,小児循環器医,小児科医,内科医と行政・教育関係を含む多職種の連携に基づく発症予防が重要と考えられます.その際,「アクセスできるデジタルデータ」の存在が重要と考えられます.これまで循環器領域でも,消防庁の全国レベルの悉皆救急情報データベースのウツタインデータ,日本循環器学会のJ-ROAD-DPCデータなどが,指針策定と政策提言に活用されてきました.しかし現時点では,未病者,健常者も扱う母子手帳データ,学校心臓検診データ,成人病検診データのデジタル化とアクセスの段階で,個々にハードルが存在すると言われます.特に学校心臓検診は,世界に例のないシステムであり,学術的に重要です.今後は,「ライフコースの悉皆データのリンケージ」もある程度の視野に置きながら,これらの課題が新しい法律も含めて対応可能になれば,エビデンスに基づく成人病と小児慢性心疾患の「個別化予防」に繋がるものと期待されます.

デジタルデータの解析に関して,最近の米国循環器学会で特に取り上げられているのが,ビッグデータ解析への人工知能の応用です.新型コロナ対策における感染者検知,行動分析における人工知能の役割がマスコミでも話題になりました.国内の医療系の人工知能の学会でも,工学系のソフトエンジニアと医学系の多くの診療科の議論が活発化し,ベンチャー企業も参入しています.以前からの臨床医の基礎分野への参加と基礎研究者の臨床領域への参画による橋渡し研究に加えて,工学系のソフトエンジニアが,臨床の「データ(ゲノム,電子カルテ,検診等)と課題(臨床的意味)」に関心を寄せる時代です.他領域の研究者に圧倒されがちですが,臨床側では,日々個々の症例を議論し,課題を抽出しデータを集積する事が重要である事が再確認されます.‘Asking right questions’が重要であるのは,人工知能の時代も変わらないと思われます.

冒頭のコロナ危機がもたらした行政,教育を含む社会活動の新しいニーズ,更にはデジタルトランスフォーメーション(DX)と言われる大きな流れの加速の中で,学術集会の開催など実際の身近な問題に立ち戻って,realへのvirtualの導入で苦労をすることも多いと思います.学術集会そして医療対策のDX.新しい法律の始まりにコロナ危機が加った2020年に,臨床現場のwetな仕事へのdryなデータサイエンスの導入を通じて,生涯医療の中の小児循環器病対策の新たな展開が期待されます.

我々にとっての「コロナ危機の遺産」とは,「学会・医療活動のDXの前倒し」であったと思う日が来るのではないでしょうか.

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