日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 35(1): 27-29 (2019)
doi:10.9794/jspccs.35.27

Editorial CommentEditorial Comment

成人先天性心疾患患者の就業支援Employment Support for Adults with Congenital Heart Disease

Toronto Congenital Cardiac Centre for AdultsToronto Congenital Cardiac Centre for Adults ◇ Canada

発行日:2019年3月1日Published: March 1, 2019
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先天性心疾患患者においても一般人においても,就業が人生において非常に重要な問題であることに異論はないであろう.一方で,「十分な就業支援ができているか?」と尋ねられた場合,自信を持ってYesと答えられる医療従事者はどれくらいいるだろうか.本稿では就職と労働について改めて考えると同時に,我々の就業支援を少しでも改善し得る情報の提供に努めたいと思う.

過去の海外の報告と同様に,榎本論文においても先天性心疾患患者の未就業率は一般人口より高く1, 2),未就業者の多くが自分は働けると認識していた.超高齢化社会,生活保護受給者の増加が顕著な現在の国内では,こういった就業可能な患者が意欲を持ちつつ働けないことは大きな社会損失である.確かに持病を持った患者を雇うことは,企業側からすると一定のリスクかもしれない.しかしながら,個人の頑張りに頼り過ぎずに仕事を共有するシステムの構築は,成熟した社会にとって不可欠であると考える.最近話題になっている医学部入試における点数調整が暗に示すように,日本では男女の雇用均等についても遅れていると言わざるをえない.現在私が勤めるToronto Congenital Cardiac Centre for Adultsでは,常勤スタッフ7名のうち4名と過半数が女性であるが,日本でこのような状況はとても想像できない.産休や育休,または先天性心疾患患者の療養休暇等を当然のものとして実現するためには,業務の透明化や情報の共有が不可欠である.障害者雇用には後述する経済的なメリットの他に,これらのシステム改善を促進する効果もあると言われている.実際に,ユニクロを展開するファーストリテイリングは1店舗に1名以上の障害者を雇用する方針を掲げ,障害者雇用率5.31%(2017年)と法定雇用率2.0%を大きく上回っている.日本経済が全体的には世界での影響力を弱め続ける一方で,同社のアパレル業界世界第3位の成功は周知の通りである.

一方最近は,AI(artificial intelligence)の進歩が急速に進んでおり,「AIが人間の仕事を奪う」「AIによる生産性の向上による利益をシェアしてベーシックインカムを」等の考えもある.しかしながら,個人的にはこれらの意見には疑問がある.19世紀のイギリスでは,産業革命で仕事を奪われることを恐れた労働者が機械を破壊する「ラッダイト運動」が引き起こされた.しかし蓋を開けてみると,産業革命による生産性の向上は新たな職業を生み出し,行う仕事の内容がサービス業等へシフトしただけで,人間は以後も働き続けた.榎本論文1)や過去の報告3)においても,先天性心疾患患者の就業とQOLや患者満足度には関連がみられている.たとえ人間の仕事の内容が時代とともに変わっても,他人や社会のために働けることそのものがマスローの欲求の5段階説における「③愛情と所属を求める欲求」や「④評価・自尊の欲求」を満たす人間の根本的な幸せの一つであり4),就業という形で人や社会とつながること自体に大きな意義があると考える.

よりよい就業支援を実現するためには,我々医療従事者は医学知識はもちろん,日本の就業を取り巻く情勢についてもある程度のことを知っていることが望ましいだろう.日本の完全失業率はリーマンショック後の2009年に5.5%と過去最高を記録したが,その後は徐々に減少を続け,2017年は2.7%と約半数となっている5).また,2013年に障害者雇用促進法による障害者の法定雇用率は1.8→2.0%に,2018年4月にはさらに2.2%に引き上げられた.では,この法定雇用率を守れない企業はどうなるかご存知だろうか?障害者雇用納付金制度では,法定雇用率からの1名の不足につき5万円/月が企業に課され,超過の場合は1名につき2万7千円/月が与えられる.重度身体障害者(1, 2級)は,2人分,短時間労働者は0.5人分にカウントされるので,重度身体障害者を正社員として雇うことが最も評価される仕組みになっている.また,ハローワーク全国544カ所に加えて,ジョブコーチなどの支援を行う地域障害者職業センターが全国箇所+5支所,障害者就業・生活支援センターが全国322カ所設置されている6).これに加えて,障害者の就職支援を専門とする民間のエージェントやサイトも存在し,王道のハローワークより利用しやすいとの声も耳にする.2017年6⽉時点で,企業における障害者の雇⽤者数は49.7万⼈,実雇⽤率は1.97%,法定雇⽤率達成企業50%と,過去最⾼の値を⽰している.もちろん就業支援においてソーシャルワーカー等との連携は必須であるが,これらの背景について自分自身も常にアンテナを高くしておくことは,日常診療で主治医として患者と関わるなかで有用であろう.

障害者雇用促進法について述べたが,先天性心疾患患者の全てが障害者手帳を持っているわけではなく,障害者枠の利用にはメリットとデメリットがある.メリットとしては,⼀般枠での応募より競争率が下がることや,職場の理解が得やすいことなどが挙げられる.一方デメリットとしては,企業の選択肢が狭まる可能性や,⼀般枠より待遇が悪くなる可能性が考えられる.個人的には,必ずしも一般枠と障害者枠の2択で考えずに,双方の枠の同時並行で就職活動を行い,幅広い選択肢の中で比較しながら考えるのも一つの手段ではないかと思う.

一般枠での就職活動では,現在は多くの対象者がリクナビやマイナビなどの就職サイトを利用している.企業と就職希望者の双方にとって情報収集が容易であると同時に,新卒者の希望は主に大企業に集中し,企業も卒業大学などで実質的な絞り込みを行うため,内定長者を出す反面,数多くの挫折を生み出すとの声もある7).実際に先天性心疾患患者を診ていると,社会人としてできることに関して,持病がない者との差は本人達や社会が思っている以上に小さいと感じる.しかし世の中の雇用者の中には「心臓病=いきなり死ぬかも?」という我々の感覚とはかけ離れたイメージを持っている人も多い.就職活動では最終的に,「言葉で相手を信用させること」が必要である.だが残念ながら現在のシステムの下では,先天性心疾患患者はまず雇用者と話をする前に,書類審査で落とされやすい現実は否定できない.この課題をクリアするためには,成人先天性心疾患患者の猪又氏も述べているように,先天性心疾患に対する雇用者側の誤解を解くための社会への認知向上の努力が必要であろう.さらに雇用者の信用を得て,職場でも円滑に働くためには,自分の得意なこと,できないこと,配慮が必要なことに加えて,その背景にある病状を患者自身がよく理解し,それを納得感のある形で周囲に伝えられるようになることが大切である8, 9).特に移行期に達した患者においては,日頃から患者本人の病状理解を支援することの重要性を再認識したい10)

一方個人的な経験では,先天性心疾患患者では十分な休養がより一層大切なのは確かであると同時に,社会人としてのキャパシティには心疾患の重症度とは別の要素に関してもかなりの個人差があり,働き出してみないとわからない部分も多い.実際に,複雑心奇形で複数回の手術やカテーテルアブレーションを受けていても,海外に渡り若くして自分の店を開き成功を収めている患者もいる.誤解を恐れずに言うと,もちろん危険性がないことを担保することは最低限必要だが,スタートラインでは積極的・楽観的に就業支援を行うのがよいのではないかと思う.具体的には,まずは書類審査を通過できるよう,こちらから必要に応じた診断書の作成を提案するなど医療従事者は最大限の支援を行ってよいと思う.もちろん就職が最終目標ではなく,無理のないペースでその仕事を続ける必要があるので,走りながら調整することも大切である.頑張り過ぎて病状が悪化する兆しが見えた時は早めにブレーキをかけるのも我々の大事な役目である.

榎本論文1)は,時代とともに変動する社会情勢の中で現在の先天性心疾患患者の就業問題を客観的に示し,スタートラインとして十分な情報を提供している.ここから具体的な改善策を実行し,その効果を検討することが我々の次の役目であろう.すべての先天性心疾患患者が⾃⼰肯定感を持ちながら社会に貢献できる世の中になることを願いつつ,本稿がその一助になれば幸いである.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 榎本淳子,ほか:成人先天性心疾患患者の就業状況とその背景要因.日小児循環器会誌 2019; 35: 18–26

引用文献References

1) 榎本淳子,水野芳子,岡嶋良知,ほか:成人先天性心疾患患者の就業状況とその背景要因.日小児循環器会誌 2019; 35: 18–26

2) Geyer S, Norozi K, Buchhorn R, et al: Chances of employment in women and men after surgery of congenital heart disease: Comparisons between patients and the general population. Congenit Heart Dis 2009; 4: 25–33

3) Eslami B, Kovacs AH, Moons P, et al: Hopelessness among adults with congenital heart disease: Cause for despair or hope? Int J Cardiol 2017; 230: 64–69

4) 村上洋介:「欲求の階層」について.日小児循環器会誌 2017; 33: 409–410

5) 総務省統計局:明日への統計2018.http://www.stat.go.jp/info/guide/asu/2018/index.html(2018年12月12日閲覧)

6) 厚生労働省:障害者雇用対策.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/index.html(2018年12月12日閲覧)

7) 森岡孝二:就職とは何か—〈まともな働き方〉の条件—.岩波書店,2011

8) 猪又 竜:患者本人による先天性心疾患の啓発と患者教育の重要性.日成人先天性心疾患会誌 2018; 7(2): 28–33

9) Living With Heart~みんなの生き方~.https://www.youtube.com/channel/UCJUEBGGECt_U1O6fr2GBIHg(2018年12月12日閲覧)

10) Sable C, Foster E, Uzark K, et al: Best practices in managing transition to adulthood for adolescents with congenital heart disease: The transition process and medical and psychosocial issues: A scientific statement from the American Heart Association. Circulation 2011; 123: 1454–1485

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