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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(4): 332-334 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.332

Editorial CommentEditorial Comment

手掌多汗症と先天性QT延長症候群の合併患者に対する交感神経遮断術の意義Meaning of Sympathectomy for Patients with Palmar Hyperhidrosis and Congenital Long QT Syndrome

筑波大学医学医療系小児科Department of Child Health, Faculty of Medicine, University of Tsukuba ◇ Ibaraki, Japan

発行日:2017年7月1日Published: July 1, 2017
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手掌多汗症とQT延長症候群

多汗症(hyperhidrosis)は“過剰な”発汗を意味する.発汗は生理的現象であるため,その厳密な定義は難しいが,見た目で水滴がわかるほどで,鉛筆を持つと答案用紙が濡れてしまったり,球技や鉄棒の授業に支障がでたりすることもある.原発性と続発性に分類されるが,原発性多汗症はQOLの観点から受け入れ難いほどの“局所的な”発汗で,少なくとも週に1回,6か月以上持続し,下記の原因疾患を合併しないものとされる.小児では両側の手掌または足底にみられることが多く,腋窩の多汗は思春期以降に多いとされている.一方,続発性は感染症,糖尿病,甲状腺機能亢進症,肥満症,心不全,神経疾患等の基礎疾患に伴うもので,全身性の多汗を示すものである1)

原発性多汗症の病態生理は詳細にはわかっていないが,汗腺の密度は正常と差がないにもかかわらず,過剰の皮脂を産生していることが指摘されている.過剰な発汗には高温などの環境因子,不安やストレスなど情動因子,運動,アルコール,ホットスパイスなどのトリガーが関与している.熊本らの論文2)は,原発性手掌多汗症を合併した先天性QT延長症候群タイプ2(LQT2)の症例報告であり,LQT2の心イベントが手掌多汗症と同様に情動や運動をトリガーとして起きやすいことを考えると,両者の関連に興味が持たれる.特に手掌多汗症に対して施行された胸腔鏡下胸部交感神経遮断術(Endoscopic thoracic sympathectomy, ETS)が多汗症の改善のみならず,QT短縮効果も示したことは(術後もQTc>500 msでβ遮断薬は継続されているが)報告に値する.

しかし,手掌多汗症とQT延長症候群(LQTS)にどの程度関連があるのか考えてみると,両者の合併例の報告や手掌多汗症患者のQT時間を検討した研究はほとんどないのが現状である.手掌多汗症患者はほとんどが皮膚科を受診し,心電図検査をしないことも一因かもしれない.一般人口における頻度から考えてみると,原発性多汗症は1%とされている(多汗のみでは病院を受診しないことも多いため,実際には2~3%程度いるとも考えられている)1).遺伝性があることも知られている3).しかし,LQTSが約2,500人に1人であることを考えると手掌多汗症はLQTSの数十倍の頻度であり,遺伝的側面からみた両者の関連は低いと考えられる.

胸腔鏡下交感神経遮断術の対象神経節と効果

本症例報告2)では手掌多汗症の症状軽減を目的としてETSが行われ,症状に改善がみられた.加えて,もともと有症状のLQT2としてフォローされていたためETS前後で心電図の比較がなされ,有意なQTの短縮がみられたことが興味深い.両疾患への交感神経遮断術(Cardiac sympathetic denervation, CSD)の同時の効果について考えるには,それぞれの交感神経支配と通常行われる焼灼部位について知る必要がある.心臓の交感神経支配については本症例報告2)の考察に詳しく述べられているが,星状神経節と胸部交感神経節T1–T4で,左側優位であるものの,右側の重要性も指摘されている4).通常は左星状神経節の下半分とT2–T4神経節が焼灼,切除されるが,熊本らの論文2)にも引用されているように,左側のみよりも両側CSDの方がICD作動の抑制率が高かったとする報告もある5).一方,汗腺を支配する交感神経節については,上肢:T2–T8(手掌は–T6),顔と眼瞼:T1–T4,体幹:T4–T12,下肢:T10–L2とされている6).手掌多汗症において対象となるのはT3(またはT2–3)またはT4である.本症例で焼灼されたのは右のT3と,左のT2下半分およびT3であったため,両疾患に対して効果が重複したことは説明可能である.

手掌多汗症に対する治療としては,塩化アルミニウムの単純外用/密封療法,イオントフォレーシス,A型ボツリヌス毒素(BT-A)の局所注射療法などが行われ,効果がない場合にETSが行われる.T2, T3, T4-ETSを比較したメタ解析では,多汗改善効果に差はなかったが,T4は代償性発汗などの副作用が少なく,患者満足度が良かった7).一方,手掌多汗症に対してETSを行った場合の心臓への影響に関しては,心拍数が低下する傾向があること以外に十分な知見は得られていない.心拍数が低下することに関しては,両側T2-ETSによってペースメーカ植込みに至った症例の報告もあり8),ETS術後のフォローが必要となる.心臓自律神経への影響に関しては,心拍変動解析によって,本症例と同様に相対的な交感神経活動の低下,迷走神経活動の増強が報告されている9).LQTSにおいては,CSDによりQTc値が短縮することも報告されている10, 11).LQTSに限らず多汗症においても,ETS前後で心臓への影響を評価することが推奨されるべきかもしれない.

βブロッカーの種類と効果

熊本ら2)が報告したLQT2患者ではプロプラノロールが有効で,小学校入学時から繰り返していた失神を完全に抑制することができた.しかし,運動耐用能の低下があって内服を自己中断し,失神が再発した.プロプラノロールの再開によって失神は起こさなくなったものの,精神的に不安定となり,不登校となった.手掌多汗が不登校に関係した可能性があるが,プロプラノロールが関与した可能性も否定できない.

プロプラノロールはβ1非選択制βブロッカーの代表で,薬用量についても安全域が広く,特に小児科領域では使用経験が豊富であるため使用しやすい.しかし,脂溶性で血液脳関門を通過するため,抑うつ症状,悪夢,睡眠障害など中枢神経系の副作用がありうる(逆に2012年に片頭痛発作予防に適応承認が得られた).推察の域を出ないが,本例でみられた情緒不安定にプロプラノロールが関与していた可能性は否定できない.筆者らは,睡眠障害など中枢神経症状が出現した場合は水溶性でβ1選択性のアテノロール,または水溶性でβ1非選択性のナドロールへ変更することも考慮している.

しかしながら,LQTSの側面から考えると,どのβブロッカーが良いか,種類を明示しているガイドラインはほとんどない.LQTSに対してよく使用されるβブロッカーはプロプラノロール,ナドロール,アテノロール,メトプロロール,ビソプロロールである.症候性のLQT1, LQT2に対して前2者は同等に有効であるが,メトプロロールは有効性が低いとする報告がある一方で,プロプラノロールは,β1選択性の高いアテノロール,メトプロロールよりも効果が低いとする報告もある12).どのような場合にどのβブロッカーが適するのか,管理指針を確立するためには今後さらなる知見の集積が必要である.

引用文献References

1) Benson RA, Palin R, Holt PJ, et al: Diagnosis and management of hyperhidrosis. BMJ 2013; 347: f6800

2) 熊本 崇,田代克弥,飯田千晶,ほか:手掌多汗症状に対し胸腔鏡下胸部交感神経遮断術を施行したQT延長症候群の一例.日小児循環器会誌2017; 33: 326–331

3) Ro KM, Cantor RM, Lange KL, et al: Palmar hyperhidrosis: Evidence of genetic transmission. J Vasc Surg 2002; 35: 382–386

4) Vaseghi M, Zhou W, Shi J, et al: Sympathetic innervation of the anterior left ventricular wall by the right and left stellate ganglia. Heart Rhythm 2012; 9: 1303–1309

5) Vaseghi M, Gima J, Kanaan C, et al: Cardiac sympathetic denervation in patients with refractory ventricular arrhythmias or electrical storm: Intermediate and long-term follow-up. Heart Rhythm 2014; 11: 360–366

6) Kreyden OP, Scheidegger EP: Anatomy of the sweat glands, pharmacology of botulinum toxin, and distinctive syndromes associated with hyperhidrosis. Clin Dermatol 2004; 22: 40–44

7) Zhang W, Yu D, Wei Y, et al: A systematic review and meta-analysis of T2, T3 or T4, to evaluate the best denervation level for palmar hyperhidrosis. Sci Rep 2017; 7: 129

8) Lai CL, Chen WJ, Liu YB, et al: Bradycardia and permanent pacing after bilateral thoracoscopic T2-sympathectomy for primary hyperhidrosis. Pacing Clin Electrophysiol 2001; 24: 524–525

9) Cruz J, Sousa J, Oliveira AG, et al: Effects of endoscopic thoracic sympathectomy for primary hyperhidrosis on cardiac autonomic nervous activity. J Thorac Cardiovasc Surg 2009; 137: 664–669

10) Desimone CV, Bos JM, Bos KM, et al: Effects on repolarization using dynamic QT interval monitoring in long-QT patients following left cardiac sympathetic denervation. J Cardiovasc Electrophysiol 2015; 26: 434–439

11) Li C, Hu D, Shang L, et al: Surgical left cardiac sympathetic denervation for long QT syndrome: Effects on QT interval and heart rate. Heart Vessels 2005; 20: 137–141

12) Wilde AA, Ackerman MJ: Beta-blockers in the treatment of congenital long QT syndrome: Is one beta-blocker superior to another? J Am Coll Cardiol 2014; 64: 1359–1361

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 熊本 崇,ほか:手掌多汗症状に対し胸腔鏡下胸部交感神経遮断術を施行したQT延長症候群の一例.日小児循環器会誌2017; 33: 326–331

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