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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(3): 251-256 (2016)
doi:10.9794/jspccs.32.251

症例報告Case Report

Everolimus投与後に心臓横紋筋腫が急速に退縮した結節性硬化症の1乳児例Rapid Regression of Cardiac Rhabdomyoma after Everolimus Administration in an Infant with Tuberous Sclerosis

1大阪市立総合医療センター小児循環器内科Department of Pediatric Cardiology, Osaka City General Hospital ◇ Osaka, Japan

2大阪市立総合医療センター小児不整脈科Pediatric Electrophysiology, Osaka City General Hospital ◇ Osaka, Japan

3大阪市立総合医療センター小児神経内科Pediatric Neurology, Osaka City General Hospital ◇ Osaka, Japan

受付日:2015年11月29日Received: November 29, 2015
受理日:2016年4月28日Accepted: April 28, 2016
発行日:2016年5月1日Published: May 1, 2016
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mTOR阻害薬のeverolimusは,結節性硬化症に伴う腎血管筋脂肪腫や上衣下巨細胞性星細胞腫に対する有効性が報告されているが,心臓横紋筋腫に対する報告は稀である.症例は生後10か月の男児.胎児期から両側側脳室上衣下結節と多発性心臓腫瘍を指摘され結節性硬化症(TS)と診断された.出生後,小さな心臓腫瘍は自然退縮したが,右室中隔,左室自由壁,左室心尖部の大きな腫瘍は残存した.流入路,流出路狭窄はなかった.生後3か月から難治性痙攣が出現し,頭部MRIで上衣下巨細胞性星細胞腫を認めたため,生後10か月から同腫瘍に対してeverolimusを開始した(3.0 mg/m2/日).その結果,上衣下巨細胞性星細胞腫は縮小し,痙攣も抑制できた.心臓腫瘍は,everolimus投与後1か月で左室自由壁の腫瘍が消失し,投与後7か月で左室心尖部の腫瘍も消失した.残存した右室中隔の腫瘍もeverolimus投与前は最大23.4×16.7 mmあったものが,投与後1か月で16.1×4.3 mmまで急速に縮小した.Everolimusは,TSに合併した心臓横紋筋腫を急速に退縮させる可能性がある.

The mTOR inhibitor, everolimus, has been reported to be effective against renal angiomyolipoma and subependymal giant cell astrocytoma, but its use for cardiac rhabdomyoma has been rarely reported. Here we report the case of a 10-month-old male infant who was diagnosed with tuberous sclerosis (TS) during the fetal stage after being identified with subependymal nodules in both the lateral ventricles and multiple cardiac tumors. After birth, the small cardiac tumors regressed, but the larger tumors persisted on the right ventricular septum and on the free wall and apex of the left ventricle. There was no stenosis of inflow or outflow routes. Intractable convulsions occurred 3 months after birth. Subependymal giant cell astrocytoma was found using cranial magnetic resonance imaging. Therefore, everolimus (3.0 mg/m2/day) was initiated 10 months after birth to treat the tumors. This resulted in regression of the subependymal giant cell astrocytoma and controlled the convulsions. The cardiac tumor on the left ventricular free wall disappeared after 1 month of everolimus administration, and the tumor on the apex of the left ventricle disappeared after 7 months. The tumor persisting on the right ventricular septum was 23.4×16.7 mm before everolimus was administered, but decreased to 16.1×4.3 mm after 1 month of its administration. Everolimus may cause rapid regression of cardiac rhabdomyoma that accompanies TS.

Key words: everolimus; rhabdomyoma; cardiac tumor; tuberous sclerosis

はじめに

心臓横紋筋腫は,小児の心臓腫瘍の45~80%を占め,最も頻度が高い1).その多くが無症状で自然退縮するが,難治性不整脈や高度の心室流入路や流出路障害を合併すると突然死をきたす可能性があるため,外科的腫瘍切除を要することがある2, 3).また,心臓横紋筋腫の約50%は結節性硬化症(TS)に合併し4, 5),難治性てんかんをしばしば伴う.その治療に用いられるadrenocorticotropic hormone(ACTH)は,心臓横紋筋腫を増大させることが知られており6–8),心臓横紋筋腫を合併した結節性硬化症に対するACTH投与は注意を要する.

Everolimusは,腫瘍の増殖,成長及び血管新生の調節因子であるmammalian target of rapamycin(mTOR)を阻害する抗腫瘍薬である.結節性硬化症に伴う腎血管筋脂肪腫や上衣下巨細胞性星細胞腫に対する有効性が報告されているが9, 10),心臓横紋筋腫に対する報告は極めて少ない.しかし近年,結節性硬化症に伴う心臓横紋筋腫に対するeverolimusの有効性を示唆する報告がある11, 12).今回我々は,既に保険適応になっている上衣下巨細胞性星細胞腫に対してeverolimusを使用した結果,心臓横紋筋腫が急速に退縮した1例を経験したので報告する.

症例

症例

0歳10か月,男児

家族歴

特記事項なし

周産期歴

胎児期より多発性心臓腫瘍を指摘されており,胎児MRIで両側側脳室に上衣下結節が認められたためTSと診断された.在胎39週1日,頭位経膣分娩,体重2,636 gで出生.Apgar Score 1分8点,5分9点.

出生後経過

出生後の心臓超音波検査では,両心室に多発性心臓腫瘍を認めた.多数の小腫瘍とともに,右室中隔(20.0×14.0 mm),左室自由壁(11.5×8.7 mm),左室心尖部(11.4×8.9 mm)に大きな腫瘍が存在していたが,両心室の流入路,流出路障害はなかった(Fig. 1).また,出生時より上室期外収縮が散発していた.心電図ではデルタ波を認めた.日齢9のHolter心電図では,上室期外収縮は全心拍数の5%,最大5連発の上室頻拍も認め,日齢10からpropranololの内服を開始した.心臓腫瘍に関しては,血流障害なく循環動態が安定しているため,自然退縮を期待して経過観察する方針とした.

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Fig. 1 Echocardiographic images of a cardiac rhabdomyoma at birth

The views of the masses are as follows (arrows): A: right ventricular tract; B: left ventricular free wall; and C: left ventricular apex.

生後4か月の心臓超音波検査では,小腫瘍は自然に完全退縮しており,右室中隔(20.7×10.5 mm),左室自由壁(9.4×8.9 mm),左室心尖(10.1×6.7 mm)の腫瘍は残存していたが,いずれも出生時よりは若干縮小傾向であった.生後7か月に,心拍数220回/分の上室頻拍が出現した.頻拍はflecainide静脈内投与で停止し,それ以後は,抗不整脈薬をflecainide内服へ変更し,上室頻拍は出現していない.痙攣に関しては,生後3か月から脳波で痙攣波が出現し,脳波上hypsarrhythmiaを認め点頭てんかんと診断した.Sodium valproate(VPA)のみでは痙攣抑制できず,lamotrigine(LMT),zonisamide(ZNS),vigabatrin(VBT)など抗てんかん薬の追加投与を行ったが無効であったため,生後6か月にACTH治療を行った(0.005 mg/kg/dayを15日間,0.01 mg/kg/dayを6日間,以後漸減).心臓腫瘍は,ACTH投与後に,それぞれ最大径が,右室中隔23.4×16.7 mm,左室自由壁10.6×10.0 mm,左室心尖部11.5×8.5 mmまで増大したが(Fig. 2, 3),心室内の流入路,流出路障害はなかった.痙攣発作は,ACTH投与によりいったん消失したが,漸減中に再発し,痙攣抑制に難渋した.生後10か月の頭部MRIで,上衣下巨細胞性星細胞腫を認めたため,同腫瘍に対してeverolimusを開始した.初期投与量3.0 mg/m2/日で開始したが,経過中の血中濃度は3.9~8.4 ng/mLと,ほぼ至適濃度(5.0~15.0 ng/mL)であったため,投与量の変更はしなかった.Everolimus投与後,痙攣発作は徐々に減少し,投与後2か月の脳波で痙攣波は消失.頭部MRIでも上衣下巨細胞性星細胞腫の縮小を認めた.一方,心臓腫瘍に関しては,everolimus投与後1か月で左室自由壁の腫瘍が消失し,投与後7か月で左室心尖部の腫瘍も消失した.残存した右室中隔の腫瘍もeverolimus投与前は最大23.4×16.7 mmあったものが,投与後1か月で16.1×4.3 mmまで急速に縮小した(Fig. 2, 3).また,心電図所見では,flecanide内服後もデルタ波は認めていたが,everolimus投与1か月後から,デルタ波が間欠的となった(Fig. 4).Everolimusは継続投与し,2歳2か月の時点で,痙攣に対しては著効し再発なく,心臓腫瘍も完全退縮までには至らないものの,さらに縮小傾向にある.合併症に関しては,everolimus投与後に口内炎を発症したが,軽度のもので対症療法のみで自然軽快した.その他,経過観察期間内に重大な合併症はなかった.

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Fig. 2 Change in the tumor area

The method of calculating the tumor area is the length of its semi-major axis times the length of its semi-minor axis times 3. ACTH; adrenocorticotropic hormone.

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Fig. 3 Echocardiographic images of a cardiac rhabdomyoma in the right ventricle on the parasternal short axis view

A: The large tumor mass originating from the interventricular septum is in the right ventricular cavity at 4 months of age. B: After 2 months of adrenocorticotropic hormone therapy, the tumor growth progressed. C: After 1 month of treatment with everolimus, the tumor dramatically regressed.

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Fig. 4 Electrocardiogram of the patient treated with everolimus

A: Before treatment with everolimus. The delta wave appears consistently. B: After 1 month of everolimus treatment. The delta wave does not completely disappear, rather it appears intermittently.

考察

PI3 K/mTORシグナル経路は,様々な腫瘍で活性化されているシグナル経路の一つで,腫瘍細胞の増大や血管新生に関わっている(Fig. 5).結節性硬化症の原因遺伝子であるTSC1/TSC2は癌抑制遺伝子であり,その遺伝子から発現するhamartinとtuberinの複合体はこの経路に抑制的に働いている.TSでは,TSC1/TSC2に遺伝子変異が生じているため,hamartin/tuberin複合体の発現量が低下し,この経路を抑制することができず,腫瘍の増大,増殖に繋がっている.Everolimusは,このmTORを阻害することで,腫瘍細胞の増殖や血管新生を防ぐ作用を持つ.既にeverolimusは,TSに伴う腎血管筋脂肪腫や上衣下巨細胞性星細胞腫に対して有効性が報告され,本邦でも2012年11月に薬事承認されている.一方,TSに合併した心臓横紋筋腫の細胞内でも,hamartinとtuberinの発現が減少しており,mTORを介する経路を抑制できないとする報告があり13),everoliusは,同様の機序で心臓横紋筋腫を退縮させる可能性がある.しかし,心臓横紋筋腫は,高頻度に自然退縮するため,難治性不整脈や有意な血流障害を合併しない限りは,積極的に治療介入されることは少ない.このため,everolimusの心臓横紋筋腫に対する報告も,症例報告が散見されるのみである.Tiberioらは,我々と同じように,上衣下巨細胞性星細胞腫を合併した患児に対してeverolimusを使用した結果,投与後7か月で腫瘍がほぼ消失したと報告している11).また,Demirらは,右室流出路障害を伴う心臓横紋筋腫を合併した新生児に対する使用報告をしており,投与2か月半で腫瘍は縮小し,流出路障害も消失したとしており12),everolimusは極めて短期的に腫瘍を退縮させ得る可能性がある.また,Breathnachらは,左室流出路障害を伴う心臓横紋筋腫に対してmTOR阻害薬であるsirolimusを投与し1か月で腫瘍が急速に退縮したと報告しており,everolimus以外のmTOR阻害薬の有効性も報告されている14)

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Fig. 5 Involvement of the PI3K/mTOR signal pathway in tumor cell growth and angiogenesis, and genetic abnormalities in tuberous sclerosis

PI3K, phosphoinositide 3-kinase; Rheb, Ras homolog enriched in brain; mTOR, mammalian target of rapamycin; TSC, tuberous sclerosis complex.

1. 投与方法と投与期間について

TSに伴う上衣下巨細胞性星細胞腫に対するeverolimusの初期投与量は,3.0 mg/m2/日で,以後は至適血中濃度(5~15 ng/mL)を目標に調整するとされている15).心臓横紋筋腫に対する投与量について定まったものはないが,Demirらは,上衣下巨細胞性星細胞腫に対する投与方法に従って使用している.投与期間についても一定の見解はないが,Demirらは,2.5か月投与後に,腫瘍が退縮し流出路障害が解除されたことを確認してeverolimusを中止している.しかし,その後腫瘍が再増大したと報告している12).このように,everolimus中止後に腫瘍径が反発的に増大する可能性が示唆されているため,中止後も腫瘍径の評価を十分に行う必要がある.

2. 副作用に関して

上衣下巨細胞性星細胞腫に対する臨床試験では,口内炎,感染症,高コレステロール血症などの報告がある9).その中では,口内炎は全体の85.9%と最も高頻度でみられるが重篤なものは少ない.重篤な副作用としては,間質性肺炎や免疫抑制作用による重症感染症の合併が報告されている.本症例では,口内炎のみ認めたが,血算値,肝腎機能や脂質の評価に加え,KL-6の測定と胸部レントゲン検査を定期的に行っている.

3. 不整脈合併例への展望

心臓横紋筋腫にWPW症候群を合併する率は9~13%で,腫瘍組織が副伝導路になっていると考えられ,腫瘍の退縮に伴い早期興奮も消失する.デルタ波が消失するまでの期間は生後1~12年と報告されている16, 17)

本症例も心電図上デルタ波を認めており,everolimus投与前は上室頻拍を繰り返していた.しかし,everolimus投与1か月後の心電図では,デルタ波が間欠的となっていた(Fig. 4).このことは,everolimus投与による早期腫瘍退縮に伴い,副伝導路も早期に消失する可能性を示唆している.したがって,内服治療に抵抗性の不整脈合併例に対しても,everolimusが不整脈治療の選択肢になる可能性がある.

4. 適応について

上述のとおり,everolimusは心臓横紋筋腫に対しても有効である可能性がある.しかし,その使用に関しては,腫瘍の多くは自然退縮することに加え,前述の副作用の問題や,使用後に腫瘍が反発的に増大する可能性も示唆されているため,循環動態に重大な影響を及ぼす例や難治性の不整脈合併例などに限定されるべきであろう12).また,心臓腫瘍により循環動態が保てなくなるような状況は,新生児期から乳児期の出生後早期に起こる可能性が高いと思われるが,この時期のeverolimusの有効性や安全性は確立されておらず,今後の使用報告の蓄積が望まれる.

現在,本邦においてeverolimusは心臓横紋筋腫に対する保険適応はない.今回,我々は既に保険適応になっている上衣下巨細胞性星細胞腫に対してeverolimusを使用しており保険適応外の心臓横紋筋腫の退縮を目的に使用したわけではない.このため,今回報告した心臓横紋筋腫の退縮に関しても,あくまでeverolimusの副次的反応を評価したにすぎない.しかし,TSに合併した腎血管筋脂肪腫や上衣下細胞性星細胞腫に対しては,既に臨床的に使用され始めているため,合併する心臓横紋筋腫の退縮に関する報告が増えることが予想され,everolimusの有効性や問題点を明らかにし,さらに保険適応取得のための治験が行われることが期待される.

結論

Everolimusは結節性硬化症に合併した心臓横紋筋腫を短期間に退縮させる可能性がある.このため,流入路,流出路狭窄や不整脈合併例に対しては,新たな治療の選択肢になり得るかもしれない.

本論文の要旨は,第50回日本小児循環器学会総会・学術集会(2014年5月・岡山)にて発表した.

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