Online ISSN: 2187-2988 Print ISSN: 0911-1794
特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(1): 2-8 (2016)
doi:10.9794/jspccs.32.2

ReviewReview

動脈管閉鎖の分子機序解明にむけてMolecular Mechanisms for Ductus Arteriosus Closure

東京慈恵会医科大学細胞生理学講座Department of Cell Physiology, Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan

受付日:2015年11月16日Received: November 16, 2015
受理日:2015年12月24日Accepted: December 24, 2015
発行日:2016年1月1日Published: January 1, 2016
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動脈管は胎児循環に必須のバイパス血管として機能し,出生後に閉塞する必要がある.動脈管が閉塞するには二つの機序が働く.すなわち,主に血中酸素の増加とプロスタグランジンE2(PGE2)の低下による血管の収縮と,血管構造自体が閉塞しやすく変化することが挙げられる.私達は一連の研究で,PGE2には動脈管拡張作用に加えて,PGE2とその受容体EP4を介した刺激が,内膜肥厚や内弾性板断裂,中膜での弾性線維の低形成など動脈管構造の主要な構築において,極めて重要な役割を果たしていることを明らかにした.さらに詳細にその情報伝達経路を調べたところ,PGE2-EP4刺激はアデニル酸シクラーゼ6型の活性化を介してcAMPを増加させ,PKA及びEpacの活性化を促して動脈管内膜肥厚を生じさせることを見いだした.さらにPGE2-EP4刺激はc-Src-PLCγ経路の活性化によってリシルオキシダーゼの分解亢進が起こり,弾性線維の低形成を生じることが判明した.内膜肥厚や弾性線維の形成機序を含め,動脈管の血管構造を構築する分子機序を明らかにすることによって,動脈管開存症や動脈管依存性先天性心疾患患者への新たな薬物療法の開発へとつながることが期待される.

Ductus arteriosus (DA) is essential for fetal circulation and closes immediately after birth. DA closure occurs through the following two mechanisms: 1) vascular constriction mainly due to an increase in blood oxygen level and a decrease in prostaglandin E2 (PGE2) and 2) structural remodeling, resulting in easy closure of DA. In addition to the well-known vasodilator action of PGE2, we found that the PGE2-EP4 signal plays a critical role in characterizing the DA structure, such as the formation of intimal thickening and the disassembly of the internal elastic lamina and loss of elastic fiber in the medial layer. PGE2-EP4-adenylyl cyclase type 6-cyclic AMP signaling during gestation induces intimal thickening by activating both protein kinase A and Epac. Furthermore, the PGE2-EP4 signal inhibits elastogenesis by degrading lysyl oxidase, a key enzyme of elastin cross-linking, through the c-Src-PLCγ pathway. Thus, the PGE2-EP4 signal has multiple roles in vasodilation and vascular remodeling of the DA. Our study highlights the importance of understanding DA vascular remodeling better to encourage the design and development of novel pharmacological treatments for patients with patent DA or DA-dependent congenital heart diseases.

Key words: ductus arteriosus; vascular structure; intimal thickening; elastic fiber; fetal circulation

はじめに

自分の好きなように世界を知るがいい.世界は昼の側と夜の側とを持っているだろう.

【ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ】

苦悶する意識の体内にこの両極端の双生児が絶えず相争っていること,これが人生の災いでなくてなんであろう.しからば,いかにしてこの二つを分離せしめるか.

【『ジーキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーヴンソン】

生物は水中の世界から這い出して陸生化し,酸素をより有効に利用できるように,生体を環境変化に適応させて進化してきた.陸生化に適応するため,様々な器官に形態的・機能的変化が生じたが,中でも肺及び肺循環の形成は画期的であった.一方,個体発生においては,胎生期では肺呼吸がなく,胎盤循環に依存するために全身の酸素濃度は低く,出生後に肺呼吸が開始すると全身の酸素濃度が高くなり,酸素をより有効に利用して胎外環境に適応する.この点で,出生後の変化は「陸生化」に類似している.したがって,ヒトを含むほ乳動物において,母体からの出生(出産)は,生物進化過程の一大イベントである「陸生化」に匹敵する,生涯で最も大きな環境変化といえる.進化上での「陸生化」では,長い時間をかけて生物が環境に適応したのに対し,ヒトは母胎内環境から母胎外環境へと瞬時に適応しているようにみえる.そのためには出生後の環境に適応できる仕組みが,あらかじめ出生前に備わっていることが必要であろう.未熟児ではその仕組みがまだ十分に完成していないため,出生後の環境に適応するのに難渋する.本稿の主題である動脈管は「陸生化」に伴って進化過程で形成された血管であり,動脈管の閉鎖機構は母胎内環境から母胎外環境へと適応するための仕組みのひとつといえる.系統発生的には「陸生化」をする直前の生物と考えられている肺魚に動脈管の起源をみる.

動脈管の閉鎖機序

動脈管は胎児が胎内で正常に発達するために,主肺動脈から大動脈(弓部と下行大動脈との境界)へのバイパス血管として機能し,胎生期間中,開存し続けなければならない.しかし,出生後には役目を終えて閉塞する必要がある.動脈管のような大血管が閉塞すること自体,実は驚くべき現象と考えられる.その閉鎖には,大きく分けて二つの機序が働いている.ひとつは生直後の肺呼吸の開始とともに,直ちに動脈管自体が強く収縮する点である.動脈管が出生後に強い収縮を起こす要因としては,1)血中酸素分圧の増加に伴う酸素刺激による血管収縮,2)プロスタグランジンE(PGE)2の低下や動脈管組織でのPGE2受容体(動脈管では主にEP4がその役割を担う)の減少に伴う動脈管拡張因子の消失が重要である.この機能的な動脈管閉鎖機序については,門間和夫名誉教授を中心とする東京女子医科大学心臓血圧研究所(心研),循環器小児科の先生らによって,世界をリードする先駆的な研究が数多く発表されている.私が心研に在籍していた当時には,直接,動脈管研究に携わる機会はなかったが,そこで見聞させて頂いたことが今回の受賞研究の大きなヒントになっており,伝統の大切さを改めて思う.

動脈管が閉塞するためのもうひとつの機序として,動脈管の組織構造の特徴が挙げられる.動脈管は大血管でありながら,隣接する大動脈や肺動脈などの大血管(弾性血管)と異なる組織像を呈するが,その分子機序に関しては多くの点で謎のままであった.そこで私が横浜市立大学の生理学教室で細々と心筋筋小胞体関係の研究を行っていた時に,当時横浜市立大学小児科に在籍していた横山詩子博士(現・横浜市立大学循環制御医学准教授)が参画してくれたことを契機に,動脈管の血管構造を構築する分子機序を調べる研究に着手した.本稿では動脈管が出生後の閉鎖に備えて出生前から血管の構築を変化させており,その変化にPGE2が極めて重要な役割を果たしている点を中心に,私達の研究グループの知見について概説する.

胎生期PGE2シグナルの欠除は動脈管開存症を生じる

ヒトを含む哺乳類では,PGE2は胎生期には主に胎盤と動脈管で産生され,非常に強い動脈管拡張作用を有し,胎児期の動脈管を開存させたまま維持している.その作用機序はPGE2刺激によって,PGE2受容体(主にEP4)からアデニル酸シクラーゼを介してcAMP産生が増加し,さらにcAMPがミオシン軽鎖のリン酸化酵素活性を抑制し,動脈管を弛緩させることによる.実際,PGE製剤は動脈管を非常に強く拡張させ,PGE産生阻害剤を胎児や新生児に投与すると動脈管は収縮する.ところが,PGE2受容体であるEP4を遺伝子工学的に欠損させたマウス(EP4ノックアウトマウス)が作製され,驚くべきことにこのEP4ノックアウトマウスは胎生期からPGE2刺激がほとんど入らないにもかかわらず,動脈管は開存しており,むしろ生後に動脈管開存症で死亡してしまうという,一見矛盾する結果が国内外でほぼ同時に報告された1, 2).これらの論文においては,その矛盾点について実験的に明らかにはしておらず,PGE2に代わる血管拡張因子の存在を仮定した考察がなされていた.しかし,私は動脈管へのPGE2の作用には血管拡張以外の役割,すなわち血管構造自体を変化させる役割があると考え,その仮説を検証するための研究を開始した.この研究を実行するのに際して,ラット動脈管平滑筋培養や動脈管器官培養をはじめとする実験方法の確立には,横山詩子博士の尽力によるところが極めて大きい.

胎生期PGE2-EP4シグナルは動脈管の内膜肥厚形成を促進する

動脈管が出生後に閉塞するために,胎生期中に動脈管血管壁の構造上の変化が始まっている.構造変化の代表が動脈管の内膜への平滑筋細胞浸潤を伴う肥厚形成である.未熟児の動脈管や先天性動脈管開存症患者・動物モデルでは,内膜肥厚の形成が不十分であることがしばしば認められることからも,内膜肥厚形成は動脈管の閉鎖に極めて重要な形態変化であるといえる.ヒトの場合では,胎生後期より内膜肥厚が既に認められ,動脈管の内腔が狭小化する.ラット,マウスなどのげっ歯動物の場合は,胎仔期の動脈管内膜肥厚はヒトほど顕著ではなく,生直後に急速に内膜肥厚が形成される.私達は主にラット胎仔を使って研究を行ったが,胎生19日目(未熟期)ではほとんど内膜肥厚は認められないが,21日目(成熟期)になると,内弾性板の断裂とともに,血管内腔面にむかって内膜が肥厚しはじめるのが確認できた.ラットでは出生後約1~3時間で,動脈管内腔は遊走してきた平滑筋細胞で満たされていた.この内膜肥厚が形成されるには,動脈管平滑筋細胞の増殖と内腔側への遊走,ヒアルロン酸をはじめとする細胞外基質の増加,断片化したエラスチン線維による内弾性板の分断など多くの現象が複合的に関与していると考えられてきた.私達は当時京都大学に在籍していた杉本幸彦先生(現・熊本大学大学院生命医科学部・教授)よりEP4遺伝子欠損マウスを入手し,その動脈管組織を改めて観察し,構造上の変化を確認した.EP4遺伝子欠損マウス動脈管には内膜肥厚が全く認められず,ヒアルロン酸の産生が低下していることを認めた.そこで,PGE2-EP4シグナルは動脈管の内膜肥厚形成を促す,という仮説をたて検証実験を行い,慢性的なPGE2-EP4シグナルが動脈管内膜肥厚の形成に必須であることを明らかにした3)

ラットでは胎生後期(胎生20日~21日)にPGE2-EP4シグナルが増強する.EP4は7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体であり,主な下流シグナルとして,Gαsによるアデニル酸シクラーゼの活性化に伴う細胞内cAMPの増加が知られている.幸運にも,本研究の開始当初にプロスタノイドファミリーのひとつであるプロスタサイクリンが動脈硬化組織においてヒアルロン酸の産生を亢進し,動脈硬化病変の進行を促す,という論文が発表された4).そこでPGE2にも同様の作用があるのではないかと考え,PGE1刺激やEP4刺激薬を動脈管平滑筋培養細胞に与え,48時間後に培養上清のヒアルロン酸を測定したところ,非刺激群に比して4~5倍以上のヒアルロン酸濃度の上昇を観察した.この上昇は動脈管でのヒアルロン酸分泌を促進している因子としてそれまで考えられていたTGFβよりはるかに強力な作用であった.また,この反応は大動脈平滑筋培養細胞ではほとんど認められなかった.次いでPGE2-EP4-cAMPシグナルによって活性化したプロテインAリン酸化酵素(PKA)が,主にヒアルロン酸合成酵素2型(HAS2)のmRNA発現を増加させ,ヒアルロン酸の産生を亢進することを見いだした.さらに,PGE2-EP4-cAMPシグナルは短時間では動脈管平滑筋細胞の遊走能を抑制するが,長時間刺激を続けていると,培養上清中に増加したヒアルロン酸によって,動脈管平滑筋細胞の遊走能が促進することを発見した.そこで動脈管組織自体を培養液中に浸し,PGE2-EP4シグナルを与え続けたところ,48時間後には動脈管内膜の肥厚形成が促された.さらに,アデノウィルスベクターを使ってHAS2 mRNAを強制発現させ,ヒアルロン酸産生を促したところ,PGE2-EP4シグナルがなくても動脈管内膜肥厚形成が促された.EP4ノックアウトマウスの動脈管に対しても同様の実験を行ったところ,HAS2 mRNAを強制発現したEP4ノックアウトマウス動脈管では,内膜肥厚が形成された.以上の結果は,PGE2-EP4シグナルは動脈管内膜肥厚形成に必須であり,EP4ノックアウトマウスに認めた動脈管開存症の主因として,動脈管内膜肥厚形成が欠除していることを示していた.すなわち,本研究によって,PGE2-EP4シグナルは急性効果としては動脈管拡張作用があるが,慢性的なシグナルの活性化によって,動脈管の内膜肥厚を形成するという,二面的な役割を持つことが明らかとなった3).冒頭に挙げたゲーテやスティーヴンソンは,あらゆるものの中に二面的な側面を認めていた.PGE2には多様な生理活性があることを知識としては理解していたものの,動脈管では血管拡張の役割が強調され過ぎていて,他の役割に気づくことが遅れたことは否めない.この教訓は酸素や一酸化窒素,エンドセリンといった動脈管の収縮弛緩に強く影響を及ぼす因子に関しても,血管構造構築への役割に関して検討する必要性を示唆する.

PGE2-EP4シグナルは6型アデニル酸シクラーゼを活性化して動脈管の内膜肥厚形成を促進する

PGE2刺激によってEP4を介しアデニル酸シクラーゼが活性化してcAMP産生が増加する.アデニル酸シクラーゼには9種類のアイソフォームが存在するため,私達は動脈管内膜肥厚に関与するアデニル酸シクラーゼアイソフォームの同定を試みた.アイソフォーム選択性のある薬剤やノックアウトマウスを使った実験結果から,PGE2-EP4シグナルは6型アデニル酸シクラーゼを活性化して,上述したようなヒアルロン酸の産生や動脈管内膜肥厚形成を促進することが判明した5).非常に興味深いことに2型アデニル酸シクラーゼを活性化すると,むしろヒアルロン酸の産生や動脈管内膜肥厚形成を抑制した.2型も6型も共に細胞内cAMPを増加させ,急性効果として強力な動脈管拡張作用を有するにもかかわらず,何故2型アデニル酸シクラーゼのみに動脈管内膜肥厚形成を抑制する作用があるのかに関して,私達は未だに合理的な説明がつけられていない.しかし,この薬理作用を利用することで,動脈管拡張作用は温存しておきながら,動脈管内膜肥厚形成には影響しないアデニル酸シクラーゼ刺激薬剤の開発が可能となる.実際,2型と6型アデニル酸シクラーゼを同時に活性化するFD1と呼ばれるアデニル酸シクラーゼ刺激薬は,動脈管内膜肥厚を促進せずに,血管拡張作用を有していた.この血管拡張作用はPGE1よりも長時間持続した.動脈管を開存させたままにしておくPGE1製剤の問題点のひとつに,比較的早期にEP4受容体の脱感作が生じて,効果が低下することが挙げられている.したがって,アイソフォーム選択的アデニル酸シクラーゼ刺激薬はEP4受容体の脱感作を回避し,PGE1製剤に代わる動脈管拡張薬として臨床応用への開発が期待される.

PGE2-EP4シグナルはEpacを活性化して動脈管の内膜肥厚形成を促進する

PKA以外にcAMPによって活性化されるシグナル伝達系として,Epac(cAMP活性化グアニンヌクレオチド交換因子)経路が1998年に発見され,様々な細胞種においてcAMPに依存するシグナルの重要な仲介役であることが,上述の研究を行っている最中に明らかにされつつあった.そこで私達もPGE2-EP4シグナルによって活性化されるEpac経路が動脈管内膜肥厚に及ぼす影響について検討した6).最初にPKA経路と同様にEpacがヒアルロン酸産生を亢進させるかを検討したところ,Epac刺激薬はヒアルロン酸産生に影響を与えなかった.しかし,アデノウィルスベクターを使ってEpac1を動脈管に過剰発現させたところ,動脈管内膜肥厚が促進した.しかし,もうひとつのアイソフォームEpac2には動脈管内膜肥厚促進作用は認めなかった.次に動脈管平滑筋培養細胞を使い,Epac1が平滑筋細胞のインテグリン結合蛋白質FAKを活性化することや細胞遊走能を促進することを見いだした.すなわち,Epac1は平滑筋細胞に直接作用することで動脈管内膜肥厚形成に寄与すると考えられた.以上の実験結果から,PGE2-EP4-cAMPシグナル経路は慢性刺激としてPKAを介してヒアルロン酸産生を亢進させて動脈管内膜肥厚形成を促す一方,急性刺激としてEpac1を介して平滑筋細胞遊走を促進し,それぞれの作用で動脈管の内膜肥厚がより効果的に形成されることがわかった.

PGE2-EP4シグナルは動脈管の弾性線維形成を抑制する

動脈管の血管構造の特徴のひとつとして大動脈や肺動脈に比して,弾性線維の形成が不良であり,内弾性板の断裂が認められる.内弾性板の断裂によって,平滑筋層から内膜にむかって平滑筋細胞が遊走してゆくことが可能になる.また,弾性線維の形成不良によって,大血管でありながら弾性のない血管となるために,一度強力に収縮すると元の血管径には戻りにくい特性が付与されている.この特徴はおよそ100年以上前から知られていたが,その分子機序は長らく謎であった7).動脈管でのPGE2の内膜肥厚形成に果たす役割を検討する初期の段階で,内膜肥厚の境界域を容易にするために弾性線維の成分であるエラスチンを染色する方法でEP4ノックアウトマウスの動脈管組織像を観察したところ,内膜肥厚の欠除と共に弾性線維がよく発達していることに私達は既に気づいていた.形態的に大動脈と区別が困難であり,EP4シグナルの欠除が動脈管での弾性線維形成を促すことが強く示唆された.しかし,弾性線維は細胞外基質であり,不溶性なため,生化学的・生物学的な実験が難しく,弾性線維形成機序に関する研究は世界的にも遅れていた.ここでも幸運なことに私がカリフォルニア大学サンディエゴ校に留学時,同じ研究室の友人である中邨智之先生(現・関西医科大学薬理学教授)が弾性線維形成機序に関する研究を推進していて,実験方法を指導して頂くことができた.培養液を交換しないで血管平滑筋細胞を長期間(10日から2週間)培養し続けると,平滑筋細胞から分泌されたエラスチン分子の架橋形成を観察することができる.ラット動脈管平滑筋培養細胞を使った,この実験系において,PGE2-EP4シグナルはエラスチン架橋形成を強く抑制した.このPGE2-EP4シグナルによってエラスチンの架橋形成が抑制される原因を調べたところ,エラスチン架橋形成を促す酵素lysyl oxidase (LOX)が著しく低下していることが判明した.さらにLOXタンパク質の低下をきたすPGE2-EP4の下流シグナルを検討したところ,意外なことにcAMPは全く関与しておらず,Src-PLCγ経路によることが判明した.すなわち,PGE2-EP4シグナルは内膜肥厚とは別のシグナル伝達経路が活性化して,LOXタンパク質の低下をきたし,弾性線維の形成を抑制することが明らかとなり,100年の謎の一端を解明することができた8).これらの研究によって,PGE2-EP4シグナルは内膜肥厚や弾性線維の低形成など,動脈管構造の主要な構築において,一義的な役割を果たしていることが判明した(Fig. 1).

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Fig. 1 Prostaglandin E (PGE)2 has multiple roles in generation of the characteristic structure of the ductus arteriosus (DA)

PGE2-EP4 stimulation activates adenylyl cyclase type 6 (AC6) to increase intracellular cAMP in DA smooth muscle cells (SMCs). Then, cAMP activates two distinct pathways: cAMP-dependent protein kinase A (PKA) and exchange protein directly activated by cAMP (Epac) pathways. We found that Epac1 activates Rap1 and increases focal adhesion of SMCs, which promotes SMC migration. Epac acutely promotes intimal cushion formation of the DA. Thus, our data suggest that these cAMP-dependent targets, EPAC and PKA synergistically promote intimal cushion formation in DA. PGE2-EP4 signal inhibits elastogenesis by decreasing the expression of lysyl oxidase (LOX), a key enzyme of elastin cross-linking, via c-Src-phospholipase C (PLC)γ pathway. p-MLCK: phosphorylated myosin light chain kinase

PGE2-EP4シグナル以外に動脈管構造に影響を及ぼす因子の探索

私達の研究グループはPGE2以外にも動脈管構造に影響を及ぼす因子を検討している.PGE2同様にシクロオキシゲナーゼから合成される脂質メディエータのひとつにトロンボキサンA2がある.この受容体TPを刺激すると,動脈管は非常に強く収縮するとともに,血管内膜肥厚が促進されることを見いだした9, 10).この研究は早稲田大学での私の研究室の最初の博士課程大学院生であった横田知大先生(現・カリフォルニア大学ロサンジェルス校・ポスドク)が主体となって推進した.動脈管はTP刺激薬に感受性が高く,私達のラット動脈管を使った研究では他の全身の血管への影響がみられない小用量においても上述の作用を認めており,動脈管選択的な作用が期待される.TP刺激薬は臨床的に認可されているものは存在せず,血液凝固亢進などの作用があるために,動脈管閉鎖のための薬物療法として,臨床応用につなげていく点ではハードルが高い側面があるが,動脈管収縮と内膜肥厚の両面を促進する点からは動脈管閉鎖の薬物療法として検討する価値はあると思われる.また,動脈管収縮と内膜肥厚の両面を促進する観点からみると,T型Ca2+チャネルも同様の役割を示すことを私達は明らかにした.近年開発された極めて選択性の高いT型Ca2+チャネル阻害剤であるR(−)-efonidipineやT型Ca2+チャネルのひとつα1GをsiRNAで選択的に抑制すると,動脈管平滑筋細胞遊走は抑制された.一方,α1Gを過剰発現させると動脈管平滑筋細胞遊走は亢進した.T型Ca2+チャネル,特にα1GサブユニットからのCa2+流入は平滑筋細胞遊走と血管収縮を介して酸素反応性の動脈管閉鎖を促すことが判明した11).T型Ca2+チャネル阻害剤は動脈管を開存させるため,PGE製剤に代わる薬物療法となることが期待される.現在はT型・L型Ca2+チャネル阻害剤であるランデルが高血圧の治療薬として臨床応用されている.この研究は横浜市立大学博士課程大学院生であった赤池徹先生(現・東京慈恵会医科大学細胞生理学講座・助教)が主体となって推進した.

さらに私達は動脈管の血管特性は平滑筋細胞の違いばかりでなく,血管内腔表層に位置する内皮細胞が重要な役割を果たしていると考えて,網羅的遺伝子発現プロファイル法を駆使して,ラット動脈管の分化段階での内皮細胞が,大動脈とは異なる特性があることを見いだした12).微小なラット胎仔動脈管から内皮細胞を抽出するのは非常に根気のいる実験であったが,この研究は早稲田大学修士課程大学院生であった劉孟佳さん(現・カリフォルニア大学ロサンジェルス校・博士課程大学院生)が主体となって推進した.

動脈管研究の将来

動脈管は「陸生化」を体現する血管として,肺の発生と共に形成された血管である.母胎内環境から母胎外環境へと適応するために動脈管は閉鎖し,その機構は生物発生学的な研究対象として非常に興味深い.一方,動脈管閉鎖の詳細な機序を理解することは,未熟児・新生児及び小児医療上,非常に重要な臨床的課題である.私達の基礎研究をどうやって臨床に活かしていくかが,今後の課題である.現在,動脈管開存症の薬物療法に用いられているインドメタシンなどのcyclooxygenase阻害剤に強い動脈管収縮作用があることが発見されたのは1974年で,その後,cyclooxygenase阻害剤に代わる新たな薬物療法は開発されていない.一方,動脈管を人為的に開存させるための薬物療法としてはプロスタグランジンE(PGE)製剤が1988年から唯一用いられている薬剤である.こうした従来の動脈管に対する内科療法は血管収縮や拡張を促す機能的側面を重視したものであった.動脈管の閉鎖療法に関していえば,インドメタシンで一次的に血管収縮を促しても,内膜肥厚形成など動脈管のリモデリングが未成熟であれば,恒久的な閉鎖にまで導くのは難しいかもしれない.むしろ,インドメタシンはPGE2産生を阻害するため,血管構造の側面からみれば閉鎖を抑制する方向に働く.私達の研究からは,動脈管開存症の患者の治療において,インドメタシン不応例に対し,何度もインドメタシンを投与することへの利点は見いだせない.そこで未成熟な血管の成熟を促し,血管内膜肥厚を促進することを新たな動脈管開存症の治療戦略にするという考えが生まれる.TP刺激薬やT型Ca2+チャネル刺激薬などのように,血管収縮とともに内膜肥厚を促進する薬剤の開発が必要である.また,その反対に内膜肥厚を抑制することで,動脈管閉鎖を妨げることが動脈管依存性心疾患患者の治療として応用できるかもしれない.実際,フィブロネクチンの産生を抑制することによって,実際に生体内で動脈管の閉鎖が妨げられることが示されている13).内膜肥厚や弾性線維の形成機序を含め,動脈管の血管構造を構築する分子機序を明らかにすることによって,インドメタシンやPGE製剤に代わる新たな治療法の開発へとつながることを期待したい.

謝辞Acknowledgments

以上の動脈管研究は自分一人の力でできたわけもなく,上述した研究に直接携わった研究者達に加え,他にも実に多くの人々の支えがあってできたことであり,ここに感謝の意を述べさせて頂きます.

横浜市立大学小児科時代では,新村一郎先生に小児循環器医としての基本をたたき込んで頂きました.柴田利満先生,戸塚武和先生には基礎研究の面白さを教授して頂きました.岩本真理先生には人手の足りない中,横山詩子先生,赤池徹先生などの人材を送り出して頂き,研究を側面から支援して頂きました.今でも自分のルーツは横浜市立大学小児科循環器グループであると思えるのは先生方のお陰であり,厚く感謝申し上げます.横浜市立大学小児科横田俊平名誉教授,岩崎志穂先生にも感謝申し上げます.石川義弘教授をはじめとする横浜市立大学循環制御医学講座の先生方,スタッフの皆さまには,自由に研究をさせて頂くとともに,様々な議論を通じて,研究の質を高めてくださったことに感謝申し上げます.東京女子医科大学では,松岡瑠美子先生に分子生物学の基本を教えてもらうとともに,留学の機会も頂きました.門間和夫名誉教授,中澤誠名誉教授をはじめとする循環器小児科の諸先生方にも感謝申し上げます.東京女子医科大学心臓血圧研究所(現 東京女子医科大学心臓病センター)に国内留学をして初めて,日本のみならず,世界の第一線で戦う姿を間近で見ることができたのは幸せでした.早稲田大学では,上述した以外にも実に多くの優秀な学生達が研究を牽引してくれました.未熟な指導者についてきてくれたことに感謝申し上げます.最後に私の手術をしてくださり,今も元気に研究を続けられる身体に治して頂いた榊原仟・故東京女子医科大学名誉教授,乃木道男先生に深謝致します.

以上の方々のご協力により,動脈管の分化・成熟を制御することの重要性を明らかにするとともに,動脈管リモデリングを選択的かつ効果的に制御する治療法の将来性を示すことが多少なりともできました.しかし,研究は,まだまだ道半ばという思いが強く,今回の受賞を励みとして今後はより一層,心血管系の機能と構造が確立される機序に関する基礎的研究に取り組んでゆく所存です.動脈管研究で得た技術・データの蓄積を駆使して,臨床応用を見据えた橋渡し研究にも着手するとともに,小児循環器領域の基礎研究に興味を抱く後進の育成にも貢献していきたいと思います.

引用文献References

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12) Liu NM, Yokota T, Maekawa S, et al: Transcription profiles of endothelial cells in the rat ductus arteriosus during a perinatal period. PLoS ONE 2013; 8: e73685

13) Mason CA, Bigras JL, O’Blenes SB, et al: Gene transfer in utero biologically engineers a patent ductus arteriosus in lambs by arresting fibronectin-dependent neointimal formation. Nat Med 1999; 5: 176–182

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