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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(1-2): 70-72 (2015)
doi:10.9794/jspccs.31.70

Editorial CommentEditorial Comment

術後悪性高熱症Postoperative Malignant Hyperthermia

広島県立障害者リハビリテーションセンター麻酔科Department of Anesthesia, Hiroshima Prefectural Rehabilitation Center ◇ 〒739-0036 広島県東広島市西条町田口295-3295-3 Saijocho-Taguchi, Higashi-Hiroshima-shi, Hiroshima 739-0036, Japan

発行日:2015年3月1日Published: March 1, 2015
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はじめに

術後の悪性高熱症(malignant hyperthermia: MH)とは,麻酔中はMH症状なく経過し,手術終了後にMH症状が出現するもので,報告によるとMH症例の1.9%1)~8.3%2)と非常に稀で,死亡率は12.2%3)である.発症時期は麻酔覚醒時から術後数時間以上まで様々3)であり,その発症誘因および病因は明らかではない.一方,術中に発症するMHは,常染色体優性遺伝の筋疾患4–6)で,揮発性吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬により誘発される.発症頻度は全身麻酔5000~100000に1件6)で,2000年以降発症の本邦の劇症型MHの死亡率は15%5)である.

病因

MHの病因は,主には骨格筋小胞体(SR)にあるCa2+放出チャネルである1型リアノジン受容体(RYR1)の遺伝子変異による骨格筋細胞内のCa2+調節障害4–6)で,MH素因骨格筋ではより低濃度のRYR1刺激薬によりCa2+濃度が上昇する7,8).骨格筋細胞膜の電位依存性Ca2+チャネルのα1サブユニット(CNACA1S)の遺伝子変異でも同様にRYR1刺激薬に対する感受性亢進が認められた9).MH素因者の約50~70%4,6,8)RYR1遺伝子,2%にCNACA1S遺伝子の変異が報告されている.RYR1の変異・バリアントの割合は2000~3000人に1人6,10)と推計されている.術後MH症例でも同様に,Ca2+調節異常が認められた症例がある11).しかし,誘発薬(揮発性吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬)を使用していない術後MH症例12)や術後数時間経過後に発症した症例では,誘発要因および発症機序が異なっている可能性がある.

病態

MH素因骨格筋は誘発薬剤により,SRからのCa2+放出がさらに増加しCa2+調節機構が破綻して,持続的にCa2+が上昇する4,6).Ca2+が上昇すると好気的・嫌気的代謝が亢進し,酸素とATPを消費し,二酸化炭素と乳酸と熱の過剰な産生が生じる.さらに,骨格筋細胞膜が障害されると,細胞内のCK(クレアチンキナーゼ),K,ミオグロビンが血中に流出する.MHの特効薬であるダントロレンは,上昇したCa2+を低下させ5),代謝亢進状態を是正する4).MHの臨床症状は,筋強直・咬筋強直,体温上昇・高体温,呼吸性・代謝性アシドーシス,原因不明の頻脈・心室性不整脈,横紋筋融解症(高CK血症,高K血症,ミオグロビン尿)などがあるが,特異的な症状に乏しく,これらの症状の発現時期・頻度は様々である.MHの初発症状は,ETCO2の上昇,原因不明の頻脈2)が多い.これに反し,術後MHの初発症状は,体温上昇が最も多く,次いで血清CKおよびミオグロビンの上昇であった3).術後の高熱は,原因も様々で頻度が高い症状であり,高熱だけでMHを疑うことは難しい.

診断

  • 1)臨床診断:MH症状を項目別に点数化し,総得点によりMHの確からしさをランク付けするClinical Grading Scale(CGS)4,5)が普及している.本邦では盛生らの臨床診断基準5)が用いられている.これは体温上昇速度(15分間に0.5°C以上かつ38°C以上)あるいは最高体温(40°C以上)を満たせば劇症型で,他は亜型に分類する.発症が術後の場合は,術後劇症型MHと術後亜型MHとなる.
  • 2)骨格筋生検による診断:手術による侵襲的検査であり,乳幼児には勧められない.
    1. in vitro contracture test(IVCT):欧米では筋束を電気刺激し,筋拘縮を起こすカフェインやハロタン濃度からMH素因を診断する4,6).術中MHの診断のsensitivityは97~99%と高い6).高熱が主症状の術後MH30症例について行ったIVCT検査では,MH素因は認められなかった13)
    2. Ca-induced Ca release (CICR) test:本邦では化学的スキンドファイバーを用い,SRからのCICR速度が測定されている.CICR速度の亢進があれば陽性で,劇症型MHで約80%5),亜型MHで約30%5),術後MHは30.8%3)が陽性であった.
  • 3)遺伝子診断:34のRYR1変異と2つのCNACA1S変異が,MH原因遺伝子変異と認定されている.しかしRYR1変異・バリアントは400以上8)報告されている.

治療

  • 1)MH発症時
    1. 誘発薬剤の投与を中止:麻酔は,静脈麻酔薬,麻薬性鎮痛薬と非脱分極性筋弛緩薬に変更する.麻酔器の交換は時間と人手が必要な割にその効果は小さいので不要である4)
    2. 過換気:10 L/分以上の高流量の100%酸素で通常の2~3倍の分時換気量で過換気を行う.MH発症時には二酸化炭素産生と酸素の需要が増大しているため,過換気が必要となる.流量を低下させると回路内の吸入麻酔薬濃度が再上昇する.
    3. ダントロレン投与:初回投与量2~2.5 mg/kgを単独の静脈ルートから投与する.最大投与量は10 mg/kgで改善するまで繰り返し投与する.難溶性で,1 V20 mgを60-mLの蒸留水で溶解するため,50 kg成人の初期投与量は5 V100 mgで300-mLとなり,投与終了までには,かなりの時間がかかる.Ca拮抗薬はダントロレンとの併用は禁忌とされている.
    4. 冷却:体表冷却,冷却した輸液製剤を使用する.小児では特に有効である.
  • 2)MH治療後の管理
    • 発症後24~48時間はMHの再燃,DIC,腎不全に注意しICU管理とする.ダントロレンの維持投与量は1 mg/kg/4~8 hr4)あるいは10 mg/kg/24 hr6)とされている.
    • 術後MH症例でも同様に,ダントロレン投与はできるだけ早期に行う.アシドーシスがあれば過換気で対応し,pHが7.2未満のときは重炭酸ナトリウムで補正する.
    • ダントロレンは,SRからのCa2+放出を抑制し,骨格筋細胞内のCa2+濃度を低下させる5,6).ダントロレンの副作用は重篤なものは稀で,最も多いのは筋力低下で21.7%14)である.しかし,人工呼吸管理中であれば問題はない.心筋に対する作用については,RYR2変異によるカテコラミン誘発性多型性心室頻拍や心不全ではダントロレンによる改善作用が報告された15,16)

おわりに

小児心臓手術後の高熱だけでMHとしてダントロレン投与することは困難であると推察される.しかし,術後ICUでの小児の原因不明の高熱には,解熱剤としてダントロレンの投与を勧める17)という見解がある.また,ダントロレンは熱中症,シバリングや敗血症による高熱にも有効という報告もある.術後の原因不明の高熱や高CK血症の症例では,まずダントロレンの投与を試みて,原因の検索を行う.術後MHは非常に稀な疾患で,誘発機序・病因が術中MHと同等か否かについて解明するために,このような症例報告を積み重ね検討することが重要である.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.

近田正英,ほか:小児開心術症例の術後劇症悪性高熱症の1例.日小児循環器会誌2015; 31: 64–67

引用文献References

1) Litman RS, Flood CD, Kaplan RF, et al: Postoperative malignant hyperthermia. Anesthesiology 2008; 109: 825829

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3) 右田貴子,向田圭子,濱田 宏,ほか:術後悪性高熱症の検討.麻酔と蘇生2013; 49: 7–11

4) Bandshapp O, Girard T: Malignant hyperthermia. Swiss Med Wkly 2012; 142: w13652

5) 向田圭子,河本昌志:悪性高熱症—最近の話題について—.日臨麻会誌2012; 32: 682–690

6) Schneiderbanger D, Johannsen S, Roewer N, et al: Management of malignant hyperthermia: Diagnosis and treatment. Ther Clin Risk Manag 2014; 14: 355362

7) Kobayashi M, Mukaida K, Migita T, et al: Analysis of human cultured myotubes responses mediated by ryanodine receptor 1. Anaesth Intensive Care 2011; 39: 252261

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17) Schleelein LE, Litman RS: Hyperthermia in the pediatric intensive care unit—Is it malignant hyperthermia? Paediatr Anaesth 2009; 19: 11131118

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