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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 38(3): 178-179 (2022)
doi:10.9794/jspccs.38.178

Editorial CommentEditorial Comment

重症筋無力症に合併した好酸球性心筋炎偶然か必然か?Eosinophilic Myocarditis with Myasthenia Gravis: Accidental or Inevitable?

北海道立子ども総合医療・療育センター小児循環器内科Department of Pediatric Cardiology, Hokkaido Medical Center for Child Health and Rehabilitation ◇ Hokkaido, Japan

発行日:2022年8月1日Published: August 1, 2022
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石井らは重症筋無力症(MG)に合併した好酸球性心筋炎(EMC)の幼児例を報告した1).本例では心筋生検は行われていないが,日本循環器学会ガイドラインの臨床項目を満たし,ステロイド投与で心機能が回復し末梢血好酸球数と心筋逸脱酵素の低下が見られたことからEMCとの臨床診断は妥当である.EMCの病態は心筋に浸潤した好酸球の顆粒中の好酸球カチオン性蛋白(eosinophilic cationic protein: ECP)や主要塩基性蛋白(major basic protein: MBP)などの細胞毒性物質により生じるとされており,誘因は感染,自己免疫,薬剤アレルギー,毒素など多岐にわたる2).本例にはこれらの誘因は認められず,EMC回復後のステロイド漸減中にMGを発症した.抗AChR抗体は陰性だがMGにおける陽性率は80%で,本例がステロイド投与中であることも加味すると除外診断の根拠とはならず,MGの診断も臨床経過より確定と言ってよい3).自己抗体によるMGと好酸球浸潤によるEMCの合併は不自然とは言えないが,偶然の事象と捉えることもできる.両者の合併が一定の確率をもって生じる「必然」であるとしたら,そこには共通の発症機序か,一方が他方を惹起した因果関係が説明できなければならない.

石井らが考察で述べているように本邦を含めMGとEMCの合併は稀ながら報告がある.MGに好酸球増多症候群を合併した報告ではMGの原因である抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体がトリガーとなりT細胞が増殖することで好酸球増多症候群を発症したと考察している.この考察は魅力的だが,MGとEMCの発症に因果関係があるのであれば,発症順序は同じでなければならない.石井らの考察にあるようにEMCがMGに先行した報告はなく,EMCが先行した本例においては因果関係ではなく共通の発症機序を考えるべきであろう.

心筋への好酸球浸潤がEMCを引き起こす一方,MGは神経筋接合部シナプス後膜上の分子に対する臓器特異的自己免疫疾患であり,胸腺腫や胸腺過形成などの胸腺異常の合併が知られている.自己抗体はAChR抗体,抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体などが知られているほか,抗LDL受容体関連蛋白4(Lrp4)抗体など複数の報告がある3).MGと心筋炎の合併は2015年までは年間数例の症例報告があるのみであったが,2016年以降,悪性腫瘍に対する免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors: ICIs)の副作用としての報告が急激に増加してきた4, 5).Liangらは,再発性腫瘍に対して抗PD(programmed cell death)-1モノクローナル抗体を投与した3週後に胸部絞扼感と息切れ,5日後に眼瞼下垂を呈した例を報告している4).心筋生検は行われておらず,末梢血液データの記載もないためEMCとは言えないが,いずれの症状もステロイド投与で軽快していることから自己免疫の関与が推察できる.この報告にあるPD-1とはT細胞に発現する免疫グロブリンスーパーファミリーの一種で,リンパ系造血細胞の他,肺や心臓で発現している.そのリガンドであるPD-L1とPD-L2は抗原提示細胞,リンパ球造血系細胞に発現しヘルパーT細胞の活性化を調節していることが知られている.実験系においてPD-1欠損マウスは自己免疫疾患を発症する一方で,臨床的にはPD-1は関節リウマチの滑液やシェーグレン症候群の涙液T細胞に多く発現していると報告されているように,その異常は自己免疫疾患発症に関わっている6)

一方で,抗PD-L2抗体を与えたマウスでは血清IgEの上昇と気道への好酸球浸潤を生じ,PD-L2欠損マウスでは抗原関連性気道過敏性が見られる実験などから,PD-L1とPD-L2はPD-1を介して前者はTh2を,後者はTh1を刺激してIL-4とIFN-γの産生を調節し気道過敏性をそれぞれ亢進,減弱させることが知られている6).また,実験的アレルギー性結膜炎でも抗PD-L2抗体の投与で眼球結膜への好酸球浸潤の増強が報告されている7).これはPD-L1, PD-L2を介するアレルギー反応が気道に特異的ではなく,他臓器すなわちPD-1が発現する心筋でも生じる可能性を示唆していると言える.ただしICIsに伴う心筋障害の報告の多くに心筋生検における心筋浸潤リンパ球のCD4/8の記載はあるが,好酸球の記載はなくEMCと直接結びつける証左はない.

これらをまとめると,生体内ではPD-L1とPD-L2の均衡により免疫機能を調節しているが,そのバランスを崩す抗PD-L1抗体が心筋炎とMGを生じ,抗PD-L2抗体が好酸球浸潤を増強するところまでは事実として認識できる.これらの事実からT細胞の調節障害が心筋の好酸球浸潤とMGにおける自己抗体発現の両者を惹起する可能性は充分にあると考えられ,筆者は本例における合併も偶然ではなく必然であると考える.心筋炎回復期には石井らが述べる神経症状以外にも自己免疫疾患症状には十分に注意を払い,これを認めた場合は専門各科が連携して免疫応答異常を検索する姿勢を忘れないようにしたいものである.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.石井宏樹,ほか:重症筋無力症を合併した好酸球性心筋炎の幼児の一例.日小児循環器会誌2022; 38: 172–177

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