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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(4): 253-254 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.253

巻頭言Preface

デジタルIT,AI時代を生きるTo Live in an Era of IT and AI

福岡市立こども病院心臓血管外科Department of Cardiovascular Surgery, Fukuoka Children’s Hospital ◇ Fukuoka, Japan

発行日:2021年12月1日Published: December 1, 2021
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近年のITの目覚ましい発展により我々の生活は大きく変わり,ほとんどの人がその恩恵を受けている.日常生活でもバーコードやQRコードはどこにでもあふれ,商品の購買や各種手続き,また様々な行政サービスも電子化され,その利便性は計り知れない.今秋,デジタル庁たるものが新設され,先進国の中でも遅れているとされる我が国においても今後ますます社会のデジタル化は加速していくものと思われる.IT産業の発展によってもたらされた現在のネット社会は,我々に多くの恩恵を与えてくれている.ネットワークシステムによる遠隔授業やテレビ会議など,地域や環境の異なる人々との交流が容易になった.また,現在のコロナ禍では多くの大学ではweb配信の授業を行っている.個人の生活ではGAFAに代表される世界的巨大IT企業の世話になっていない人はおそらくはいないであろう.いつでも,どこでも,だれとでもすぐにつながる物理的制約を取り除いた人と人とのコミュニケーションを可能にした.

しかしながら一方で,一部のIT技術の在り方が問われ始めている.人は与えられた情報をもとに判断する.そして与えられる情報により人は驚くほど簡単に考え方や行動を変える.ネット社会で我々はいろいろな情報を観ているが,同時に観られている.オンラインでの行動は全て監視され,記録され,分析されているという.サービスの利用履歴に基づいたパーソナルデータはすでに「行動ターゲティング広告」などに使われているし,一度検索した商品や閲覧した商品の広告が何度もしつこくインターネットの画面上に現れてくるのは多くの人が経験しているであろう.我々が今日ネットニュースで検索するのは自分が興味ある分野が中心で,その関連情報は次から次へと表示される.大量の情報の中にはいわゆるフェイクニュース,誇大表示,偏見も多く混在する.自分の欲しい情報しか見ず,自分と同じような意見に何度も触れると安心し,固く信じ込む.偏った情報ばかりを集中的に与えられると取捨選択や読解力などの見識を失うらしい.

Newspaper in education(NIE)という活動が1990年代に学校教育に取り入れられた.新聞を開くことで幅広い分野の情報に触れさせて子供の視野を広めること,また「情報活用能力育成のための教材」として新聞を活用することを目的とされた.膨大な情報が行き交う現代のネット社会でも正しい情報を取捨選択し読み解く情報活用力はとても重要である.

ネット社会のメリットを最大限享受し,デメリットを最小限にするためには,ネット上の悪意を見分け,正確な情報だけを受け取る見聞力を高める必要がある.しかしながら小学生が授業用のタブレットを支給される今日,NIE活動は下火になり新聞の発行部数も減少の一途だと新聞社勤務の友人が嘆いていた.SNSの無料接続の恩恵の裏でも我々は多くの個人情報を知らず知らずのうちに提供しているという.その情報をもとに性格判断され,標的とされ,個人用にアレンジされた動画コンテンツ,フェイクニュース,プロパガンダなどを繰り返し広告として配信されることで個人としての思想と行動を変えてしまう.SNS最大のスキャンダルとして報道されたStatisca事件というものがある.英国の「データ駆動型情報発信企業」と称する会社がフェイスブックなどSNSを通じて得た有権者の個人データを利用し2016年米国大統領選挙やブレグジット運動に意図的に大きな影響を与えたというものである.情報制御と情報操作による意識改革(洗脳)をSNSで煽り,人の心理を巧みに利用し,感情や行動を操作する.そして人々の対立や怒りを生む.昨年のアメリカ大統領選挙でもキーワードとなった「分断」は両極端な思考,思想をもつ集団で,驚くほど極端な政治的二極化を生んでしまった.

一方で我々医療従事者にとっても現代のIT技術から受ける恩恵は非常に大きいものがある.ほとんどの病院で電子カルテが導入され,医療システムの合理化はどんどん加速している.また画像伝送ネットワークを用いた遠隔医療は医療格差の是正や地域医療への貢献を可能とした.また,すでに医療技術にAIを活用する動きも活発化しており,これからAIが診断や治療方針にかかわってくることが増えるであろう.外科手術においても大血管形成時のパッチのデザインや,弁形成の方法など,最善の術式をAIが指定してくるのかもしれない.術後管理においてもバイタルサインのモニタリングと過去のビッグデータから最適な管理法を指示してくるのかもしれない.しかしながら手術中に起こるちょっとした異変に自ら気づき,そこに潜む問題点を察知し,最善の解決策を考え,それを工夫して実行する,この一連の作業を限られた時間の中で速やかに行える能力が外科医にとって最も大切だと私は考えている.これは術中のみならず術後管理においても同様である.今後もAIの医療への導入が急速に進むと思われるが,診断,治療においてもむやみに振り回されることなく上手に使いこなし,自主性を持ちながらうまくAIと付き合っていくことが何より大切であろう.AIに頼りすぎず,AIからの「指示待ち人間」とならないように.このようなことを漫然と考える今日この頃であるが,資料もモニター画面で読むよりついつい一度プリントアウトしてから読んでしまう私の世代(私だけか?)は先ずは現行のIT技術にしっかりとついていくことが最優先なのであろうが.

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