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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 37(3): 217-219 (2021)
doi:10.9794/jspccs.37.217

Editorial CommentEditorial Comment

小児心疾患患者のアドバンス・ケア・プランニングAdvance Care Planning for Pediatric Cardiac Patients

認定NPO法人シャイン・オン・キッズSpecified Nonprofit Organization Shine On! Kids ◇ Tokyo, Japan

発行日:2021年11月1日Published: November 1, 2021
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はじめに

近年,胎児診断の進歩や新生児期からの小児期の治療の向上に伴い,多くの心疾患患者が成人期を迎えることが可能となった.一方で,手術を要する心疾患患者は,様々な術後の遺残症を伴い,加齢とともに後期合併症としての心不全や不整脈を生じることが少なくなく,経過観察が必要となる.このような治療背景の中で小児循環器医療は2つの大きな課題に直面している.一つはのちに述べる移行期医療,そして,もう一つは,今回,森論文1)が示してくれた小児心疾患の慢性期病態における緩和ケアである.論文でも述べられているとおり,先天性心疾患を中心とした心疾患を背景にもつ慢性心不全患者に対する終末期医療は,わが国では緒に就いたばかりである.森論文はその先駆けとも言うべき論文として評価したい.がんや神経疾患における小児の緩和ケアはすでに歴史があるが小児心疾患のそれはこれから経験を積んで知識を増やし医療の質を上げていかねばならない.森論文を厳密に見れば,オピオイド治療の問題,また,不十分だったかもしれない患者治療中の家族へのケア,死別後の患者ケア,そしてその患者に対する緩和ケアそのものの考察,評価について等,今後への課題はあるが,しかし,小児心疾患治療成績の向上を背景に,遠隔期の心不全,不整脈などの末期の慢性心機能障害に陥った患者,そしてその家族への緩和ケアに関する極めて時宜を得た論文として,読者ニーズは極めて高いと評価したい.

小児心疾患患者の移行期医療の現状

小児慢性期疾患の課題は移行期医療である.生涯にわたり,医療を必要としながら成人期を迎えようとする小児慢性疾患患者が増加し,これらの患者に対する適切な医療の必要性が認識されるようになり,移行期医療が注目されるようになった.先天性心疾患の特徴は,多くが手術は3歳くらいまでには済むため,患者本人は手術やその後の経過を覚えていないことが多く,また重症度が高いほど,患者本人の親への依存度が高くなり,自身の病態や今後起こりうる合併症に対する理解度が低いことが多い2).そのため,患者の成長に伴う自立に向け,「移行期チェックリスト」等を使用したセルフケアの確立に向けた患者教育3)や移行期支援外来の取り組みが各施設でなされている.移行期支援の取り組みの中では,先天性心疾患を中心とした心疾患患者は,他疾患と比較して,疾患名や病態,合併症を言葉としては記憶していても,その内容を必ずしも説明できているわけではない特徴が明らかになっており,成長過程での患者の成熟度に合わせた継続的な疾患教育の構築や,成熟度に合わせた自立を促すための段階的,継続的な支援体制の必要性を指摘している4)

意思決定支援

移行期医療においては,親から患者への意思決定の移行支援が重要な課題の一つである.ヘルスケアに関する子どもの権利に関するオタワ宣言においては,小児患者およびその両親は,子どものヘルスケアに関するあらゆる決定に積極的情報を持って参加する権利を持ち,子どもの要望は,意思決定の際に必ず考慮されるべきであることが示されている.また,子どもの権利条約では,意見を表明する権利・知る権利について示され,本人の希望を尊重したインフォームド・コンセントが大切とされている.しかし,小児心疾患患者の場合,成人になっても,親による患者の治療上の意思決定が継続し,本人が意思決定を行う主体が自分だと思っていない患者も多く経験する.その理由には,親は子どもを養育する義務と権利(親権)があり,子どもの最善の利益に基づいて行動する義務があるため,新生児期(今では胎児期)から懸命に病気を理解しようとし,「自責の念」を抱えながらも,手術を含めた治療の意思決定を行なってきていることが挙げられる.そのため,親から患者への意思決定の移行支援は,本人の自己実現のための自立を促すだけでなく,親も支援の対象となる.

さらに,10代つまり思春期にある患者に対する意思決定支援となると,「ふつうの中学生・高校生」としての生活と療養生活を両立させるための調整を必要とすることと,あるときは子ども,あるときは成人としての関わりを織り交ぜながら段階的に成人としての関わりへシフトしていくことが求められる5).認知発達上は成人レベルに近づいても,10代は,事実の受け止めやショックに対する耐性は成人よりもはるかに脆弱で,情報を知っていても,親を悲しませたくないと知らないふりをしていることもあれば,知らなかったことにしたいということもあるだろう.思春期にある患者本人の心理的な準備状況を把握し,ニーズを見極め,本人らしい意思決定ができるよう支援していくことが大切である.

心不全における緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning: ACP)

急性・慢性心不全診療ガイドライン6)では,心不全の場合,集中治療を要するような急性憎悪と寛解を繰り返しながら,身体機能や予備能力のベースラインも低下し,最後は突然死の様相を呈する軌跡をたどることから,緩和ケアは終末期から始まるものではなく,心不全が症候性となった早期の段階から実践すべきであり,アドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)を実施し,多職種チームによる評価を頻回にすることが重要であるとしている.ACPは,患者・家族・医療従事者の話し合いを通じて,患者の価値観を明らかにし,これからの治療・ケアの目標を明確にするプロセスであり7),終末期医療における様々な倫理的問題の解決の手段の一つとして出てきた概念である.ACPは人生の様々な局面で繰り返し行われる「話し合いのプロセス」であり,その結果として事前指示等が作成されるものである8)ことを認識しておきたい(Fig. 1).

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Fig. 1 ACPとその関連用語との関連図

また,長寿社会に生きる私たち誰もが年齢に関係なく,人生の終末期に向けた生き方を考えることが,終末期ケアを考えることと捉え,全世代を対象とし,ACPを健康状態や病気のステージに応じて3つに分類もされている9).1)健康な人に対する価値観教育としてのACP:人生の時々に直面する進学・就職・結婚等のライフイベントを発達課題としてどう対処していくかを考える.2)慢性患者や高齢者を対象とした地域医療におけるACP:自分の人生を考えるなかで,実際に直面している病気のある生活にどう対応するのかを考えることと,喫緊の課題ではないものの,人生の最終段階を見据えた医療やケアを考える内容も含まれる.3)急性期・終末期医療におけるACP:従来から医療者が話題にする急性期あるいは終末期の医療現場を想定したACPである.

小児心疾患患者のアドバンス・ケア・プランニング

小児心疾患の医療現場では,医療者は終末期に入ってから,急変時の対応の話に終始してしまうことが少なくない.しかし,自身の臨床経験からは,そこに至るまでの人生の時々でのライフステージでの意思決定や何を大切にしながら生活してきたかを傾聴しながら,「どう過ごしていきたいか」を尋ねることで,結果,その子らしい最期をどう過ごしたいかという希望を話し合うことが可能となることが多くあった.

では,小児心疾患患者のアドバンス・ケア・プランニングがどうあるべきか.小児心疾患患者の多くは,先天性心疾患であり,幼少期からの患者教育や就学・就労支援の中で,病気とどう向き合い,生活していくか,人生を歩んでいきたいかということに,必然的に触れていくことになる.これは前項で挙げた地域医療におけるACPと近く,また,困難はあるものの,親から患者への意思決定を移行する支援を通して,患者自身が親や家族,医療者との対話の機会を増やしていく契機となる.また,移行期支援の中で欠かせない多職種チームでの介入もスムーズで,多角的に評価することも可能である.これらから考えると,成人患者よりも小児心疾患患者のACPは開始しやすいと言えるのではないだろうか.ぜひ,将来を見据えて本人が自身の意思を表明できる決定者となれるよう多職種で成長を促す支援をしていきたいものである.

さいごに

緩和ケアは,①意思決定支援,②苦痛症状の緩和,③家族及び遺族支援を3本の柱とする包括的・全人的ケアであり,小児心疾患の場合,積極的治療と並走する緩和ケアの視点が果たす役割は甚大である10)

今回,森論文1)において,慢性心不全緩和ケアの現状と課題を共有できたことで,小児心疾患患者に関わる医療者が何らかの気づきを得て,今後の医療実践に活かすことができると考える.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 森 雅啓,ほか:小児期・青年期の慢性心不全緩和ケアの現状と課題.日小児循環器会誌2021; 37: 208–214

引用文献References

1) 森 雅啓,青木寿明,藤﨑拓也,ほか:小児期・青年期の慢性心不全緩和ケアの現状と課題.日小児循環器会誌2021; 37: 208–214

2) 山村健一郎:移行期医療.日小児循環器会誌2017; 33: 281–286

3) 落合亮太,水野芳子,青木雅子,ほか:先天性心疾患患者に対する移行期支援チェックリストの開発.日成人先天性心疾患会誌2017; 6(2): 16–26

4) 岩崎美和,佐藤敦志,森崎真由美,ほか:当院における移行期支援外来の取り組みと課題—他疾患と比較した循環器疾患の特徴に焦点を当てて—.日成人先天性心疾患会誌2019; 8(2): 33–41

5) 水口 雅(監修),石崎優子(編著):小児期発症慢性疾患患者のための移行支援ガイド.東京,じほう,2018

6) 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン,急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2017_tyutsui_h.pdf

7) 阿部康之,木澤義之:アドバンス・ケア・プランニングと臨床倫理,長江弘子(編):看護実践にいかすエンド・オブ・ライフケア.東京,日本看護協会出版会,2014, pp38–44

8) 西川満則,長江弘子,横江由理子(編):本人の意思を尊重する意思決定支援—事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング—.東京,南山堂,2016

9) 角田ますみ(編):患者・家族に寄り添うアドバンス・ケア・プランニング.東京,メヂカルフレンド社,2019

10) 笹月桃子:重症な先天性心疾患を抱える子どもの治療とケアに関する倫理的論点.小児看護2019; 42: 852–858

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