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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 35(3): 195-196 (2019)
doi:10.9794/jspccs.35.195

Editorial CommentEditorial Comment

Overdrive suppressionと虚血による心臓刺激伝導系の伝導障害The Meaning of Overdrive Suppression and Ischemia-Induced Cardiac Conduction System Disorder

北海道大学大学院小児発達医学分野Department of Pediatrics, Hokkaido University Graduate School of Medicine ◇ Hokkaido, Japan

発行日:2019年9月1日Published: September 1, 2019
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今月号の本誌に白水らの論文1)が掲載されている.胎児期発症頻拍としては希少なプルキンエ網関連心室頻拍停止後に生じた一過性高度房室ブロックの症例報告で,その回復過程の心電図まで経時的に記録しており,非常に貴重な報告である.本稿ではこの一過性房室ブロック機序を考察する上で重要な,overdrive suppressionと虚血にともなう刺激伝導系伝導障害の2つの点について考えていきたい.

Overdrive suppression

心臓には自動能を有するペースメーカー細胞とそれ以外の細胞が存在する.ペースメーカー細胞は,洞房結節や房室結節,心室内の刺激伝導系に認められ,共同して心臓刺激伝導系を構成する.一方,非ペースメーカー細胞は心房や心室の作業筋を構成し,自動能を有する細胞群からの刺激により活動電位を発生し収縮に寄与する.病的状態では,非ペースメーカー細胞も自動能を持つようになり,病的なペースメーカー細胞として働く.

自動能を持つ細胞に高頻度電気刺激を与えると,刺激停止後に一時的な自動能抑制(Overdrive suppression)が生じる2, 3).1970年代からはこの現象を利用して洞房結節機能を評価する臨床検査が行われている.心臓電気生理検査以外でoverdrive suppressionの関与を想起させるのは,徐脈頻脈症候群と発作性房室ブロックである.overdrive suppressionの機序としては,次の3つが挙げられる.1.電気刺激により迷走神経終末からアセチルコリンが放出され,細胞膜のKコンダクタンスが増して,過分極と自動能低下が生じる4).2.高頻度刺激により細胞内NaまたはCa2+イオン濃度が上昇し,細胞膜の外向き電流が増加,内向き電流が減少する5, 6).3. L型Ca電流の膜電位依存性緩徐不活性化による7).いずれが重要であるのか一定の見解は得られていない.本現象は洞房結節のみだけでなく,房室結節,あるいはヒス・プルキンエ系で観察されることが臨床例および動物実験モデルにおいて示されている.Narulaらによれば,ヒス・プルキンエ系のoverdrive suppressionは潜在性の伝導障害が顕在化する場合にのみ生じ,正常伝導能の同系には生じない8).つまりヒス・プルキンエ系のoverdrive suppressionにより高度房室ブロックが生じるためには高頻度頻回刺激と潜在性ヒス・プルキンエ系伝導能障害が必要であって,白水症例では前者にあたるのが心室頻拍,後者にあたるのが心室頻拍に伴う虚血である.

日常臨床では心臓電気生理検査で心室頻回刺激を施行した際に,もしヒス・プルキンエ系のoverdrive suppression所見があれば,潜在性同系伝導障害の存在を疑う必要がある.

虚血に伴う心臓刺激伝導系伝導障害

通常は血行動態への影響が少ないとされるプルキンエ網関連心室頻拍であるが,胎児期から生じると白水症例のように高度な血圧低下からwide QRSとなって致死性になっており,同心室頻拍が持続したことにより冠灌流低下が生じた可能性は高そうである.心室頻拍停止後の房室ブロックの回復過程において,直後は左軸・左脚ブロック型のQRS波形を有する高度房室ブロック,15時間後は左軸・右脚ブロック型の二枝ブロック(右脚+左脚前枝)で房室ブロックなし,2週間後には脚ブロックが消失し,QRSがnarrowとなり右軸で新生児の心電図所見としては正常化している.つまり直後は右脚+左脚前枝の二枝ブロック+左脚後枝の不完全ブロックによる高度房室ブロック,15時間後には左脚後枝ブロックが改善,2週間後には二枝ブロックが改善している経過である.この回復過程の特徴は,左脚後枝領域のプルキンエ網関連心室頻拍であることに起因するのか,虚血領域に起因するのかは明らかではない.ところで,純粋な左脚後枝ブロック症例を経験することは非常に稀である.脚枝ブロック進行による房室ブロックを心臓合併症の特徴とする筋緊張性ジストロフィーやミトコンドリア病(Kearns-Sayre syndrome, MELAS)においても,最終障害部位が左脚後脚領域となるのが特徴である.なぜ,左脚後枝は障害されにくいのか.ここで心臓刺激伝導系各部位の冠動脈支配領域について考えてみると,

  • 洞房結節:右冠動脈→洞房結節枝
  • 房室結節:約90%は右冠動脈→房室結節枝,約10%は左回旋枝→房室結節枝
  • ヒス束・脚中枢:右冠動脈→房室結節枝,左前下行枝→第一中隔枝
  • 右脚,左脚近位部(前枝):左前下行枝→中隔枝
  • 左脚遠位部(後枝):左前下行枝→中隔枝,右冠動脈→後下行枝

であるため,ヒス束・脚中枢および左脚遠位部(後枝)は二重支配のため障害されにくい.そのため三枝ブロックによる房室ブロックは稀である9, 10)

白水症例に生じた一過性房室ブロックは,心室頻拍の持続に伴う冠灌流低下により潜在性伝導障害を生じた脚枝に,心室頻拍によるoverdriveがかかり,overdrive suppression現象のため,通常稀である三枝ブロックによる高度房室ブロックが生じた現象と考えられる.脚枝の潜在性伝導障害が可逆性であったため,その後回復する経過を辿っている.動物実験レベルで同様の報告があり,白水らが引用している通りである11).また,症例報告レベルでもoverdrive suppressionによる脚枝ブロックの報告はあるが12),三枝ブロックまで生じた報告は存在せず,貴重な報告である.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 白水優光,ほか:室房伝導を伴う胎児期心室頻拍症から生後高度房室ブロックとなった1例.日小児循環器会誌2019; 35: 188–194

引用文献References

1) 白水優光,宗内 淳,杉谷雄一郎,ほか:室房伝導を伴う胎児期心室頻拍症から生後高度房室ブロックとなった1例.日小児循環器会誌2019; 35: 188–194

2) Langendorf R, Pick A: Artificial pacing of the human heart: Its contribution to the understanding of the arrhythmias. Am J Cardiol 1971; 28: 516–525

3) Runge M, Narula OS: “Fatigue” phenomenon in the human His-Purlinje system, in The Conduction System of The Heart, Wellens HJJ, Lie KI, Janse MJ (eds): Martinus Nijhoff, The Hague, 1978, p 537

4) Lange G: Action of driving stimuli from intrinstic and extrinsic sources on in situ cardiac pacemaker tissues. Circ Res 1965; 17: 449–459

5) Courtney KR, Sokolove PG: Importance of electrogenic sodium pump in normal and overdriven sinoatrial pacemaker. J Mol Cell Cardiol 1979; 11: 787–794

6) Kodama I, Toyama J: Post-overdrive suppression of the rabbit sinus node pacemaker cells. Jpn Circ J 1980; 44: 539–548

7) Boyett MR, Honjo H, Harrison SM, et al: Ultra-slow voltage-dependent inactivation of the calcium current in guinea-pig and ferret ventricular myocytes. Pflugers Arch 1994; 428: 39–50

8) Narula OS, Runge M: Accommodation of A=V nodal conduction and fatigue phenomenon in the His-Purkinje system, in Wellens HJJ, Lie KI, Janse M (eds): The Conduction System of the Heart, 1976, p 529

9) 八木 洋,青山 浩,春日井正:刺激伝導系の冠動脈支配.Medicina 1995; 32: 924–926

10) Petkova I, Zhelcheski B: Ischaemia-induced changes in the phosphorylase activity in different parts of the cardiac conduction system. Cor Vasa 1988; 30: 153–159

11) Takahashi N, Gilmour RF Jr., Zipes DP: Overdrive suppression of conduction in the canine His-Purkinje system after occlusion of the anterior septal artery. Circulation 1984; 70: 495–505

12) Fisch C: Bundle branch block after ventricular tachycardia: A manifestation of “fatigue” or “overdrive suppression”. J Am Coll Cardiol 1984; 3: 1562–1564

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