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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 35(1): 1-2 (2019)
doi:10.9794/jspccs.35.1

巻頭言Preface

先天性心疾患の出生前診断と胎児心臓病学Prenatal Diagnosis of Congenital Heart Disease and Fetal Cardiology

東京都立大塚病院小児科Department of Pediatrics, Tokyo Metropolitan Ohtsuka Hospital ◇ Tokyo, Japan

発行日:2019年3月1日Published: March 1, 2019
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はじめに

先天性心疾患の出生前診断について私が初めて学ぶ機会を得ましたのは,卒後9年目にあたる1992年からトロント小児病院(PICUおよびCardiology)にClinical Fellowとして留学していた時です.鮮やかな赤い表紙から“Red textbook”と呼ばれていたDr. Lindsey D. Allanの本を教科書にして基本断面の描出方法をスタッフに教わりながら,Echo Lab(超音波検査室)にて胎児心エコー検査法を学んでいました.通常の経胸壁心エコー検査とは全く違う感覚に戸惑いながら,全ての基本断面を描出できるように胎児と向き合う日々でした.1995年に帰国して東京大学附属病院の産婦人科にご協力をいただきながら胎児心臓の出生前診断を始めましたが,当時の国内では,胎児心エコー検査は保険診療として認められておらず,心臓の出生前診断ができることも一般には知られていない状況でした.

この分野が急速に発展した四半世紀を若い先生方にお伝えすることができればと思います.そして,本学会の未来を担う先生方が1人でも多く胎児心臓病学に興味を持っていただければ幸いです.

国外の胎児心臓病学

英国から1986年に出版された上述のtextbook “Manual of Fetal Echocardiography”は,胎児心臓の出生前診断を目指す医師および検査技師のバイブルとして普及し,1990年代には国際学会でもFetal Echocardiographyのセッションが設けられるようになりました.私がトロントに留学していた頃は,欧米にて胎児心エコー検査が盛んに施行されるようになり次々に報告がありました.そして,2000年にDr. Allanら編集の“Textbook of Fetal Cardiology”が出版され,「胎児心臓病学」が独自の学問として国際的に認知されるまでになったと考えています.

胎児心臓病学は,単に胎児心臓の出生前診断をするための方法論にとどまらず,先天性心疾患が発生する過程の解明,胎児心臓病の周産期の管理と治療,倫理的問題の検討とカウンセリングなども含んでいます.2014年にはAHA(米国心臓協会)からFetal Cardiac Diseaseに関するScientific Statementが雑誌Circulationに発表され,現時点における胎児心臓病学の国際的指針となっています.この指針の中には,侵襲的な胎児治療の現状と安全性および有効性,各胎児心疾患の分娩方法を含めた周産期管理に関しても言及されています.

国内の胎児心臓病学

国内では1995年に日本胎児心臓病研究会(現学会)の第1回学術集会が長野県立こども病院(現さとみクリニック)の里見元義先生を会長として開催されています.その後,全国各地において学術集会を重ねるたびに会員数が増えていきました.私自身も2008年に第14回学術集会の会長をさせていただきましたが,ドイツから Thomas Kohl教授を招聘して東京大学安田講堂にて開催しました.既に欧米で行われていた胎児心臓病に対する治療について「Minimally-invasive fatal cardiac interventions: An overview」と題した講演と,Kohl教授が考案した低形成心血管構造に対する母体酸素吸入療法「Maternal hyperoxygenation」の講演をしていただきました.

現在,日本胎児心臓病学会(同研究会の規模拡大に伴い2010年に学会へ変更)は,小児循環器科医師だけではなく,産婦人科医師,新生児科医師,超音波検査技師,看護師などの様々な分野から医療従事者が集うユニークな会ですが,同学会の成長と共に国内の胎児心臓病学が発展してきたことは異論のないところだと思います.また,2006年に同研究会が中心となり作成された「胎児心エコー検査ガイドライン」に関しては,既に10年以上が経過して改訂が必要なため,同学会のガイドライン改訂委員会により具体的な作業が推し進められているところです.

胎児心エコー検査の保険収載

上述のように,胎児心エコー検査が保険診療として国内で承認されるまでには長い年月を費やしました.1つの試みとして,同研究会幹事(現同学会評議員)の先生方からご支援をいただいて,2006年に東京大学附属病院から胎児心エコー検査を「先進医療」として厚生労働省へ申請書類を提出いたしました.同年5月12日の厚生労働省の先進医療専門家会議の記録を見ますと,「これまで先天性心疾患は出生後にしか診断が行われず,適切な周産期管理の上で支障があった.近年の超音波診断装置の著しい進歩で,胎児の心臓の解剖学的な診断が可能になったという」「極めて安全で優良な検査にもかかわらず保険適用されず,医療機関はボランティアとして実施してきた.承認は妥当と思う」と記されています.幸いにして先進医療の承認を受けられた後に,全国の先生方が同検査の実績を重ねていただいたことが2010年の保険収載につながりました.

しかしながら,現在は非常に多くの胎児心エコー検査が国内で実施されるようになり,厚生労働省から胎児心エコー検査の質を担保する制度を整備するようにとの指示がありました.そのため,同学会の理事および評議員が中心となりレベルII胎児心エコー講習会および胎児心エコー認証医の制度を整備して2016年から開始しています.

出生前診断の意義

出生前診断により先天性心疾患の予後が改善したとする幾つもの報告があります.また,出生後の診断では間に合わない下記のような疾患もあります.

  • 1) CAVB, less than 55 bpm(完全房室ブロックによる胎児心拍数55 bpm未満の胎児徐脈)は,娩出時に“経皮的体表ペーシング”(通常の除細動器に付属モードとして装備されている)を準備しておけば慌てずに対応できます.娩出直後に児体表の羊水を十分に拭くこと,電極となる小児用パッド同士が接触しないことなどに注意すれば,簡便かつ瞬時にペーシングを開始することができます.
  • 2) HLHS&IAS, without decompression pathway(左心低形成症候群および卵円孔閉鎖かつ側副血行路の全くない症例)は,出生直後の酸素飽和度は60%以下,通常の蘇生法は全く効果なく酸素飽和度は確実に下がり続け30分前後で徐脈となり心停止に至ります.そうなる前に,緊急手術により卵円孔を開ける以外に救命の方法はありません.しかし,胎児期に肺血管床が不可逆的な障害を受けている可能性があり,最終的な救命は困難であると考えられています.上記のような重篤な症例で最終的にFontan手術まで進み救命された報告はありません.娩出前に関係スタッフおよび御家族と方針に関して十分に話し合う必要があります.
  • 3) CHAOS(先天性上気道閉塞症候群)は,先天性喉頭閉鎖または腫瘍等による上気道閉塞により,肺の分泌物が外へ出ずに肺過膨張を来すため,胎児心臓が両側の肺に圧迫されて滴状心(紹介理由は異常に小さな胎児心臓)となります.また,肺がエコー検査で高輝度を示し横隔膜も腹部側へ凸となることで診断できます.治療は,EXIT(出生後の気管内挿管が不可能なので帝王切開にて胎盤循環を維持している間に気管切開術をすること)が有効です.出生前に診断をすれば救命できる可能性が高くなります.

上記の1)~3)に関しては,小児内科47(2): 149–154, 2015に「胎児心エコー検査はなぜ行うのか」というタイトルで詳述しています.

今後の展望について

胎児心臓病学の進歩と同時に,出生後の治療が困難な症例に対する新しい胎児治療の報告は増えていくことが予想されます.現在,欧米で施行されている胎児心臓の侵襲的な治療に関して,国内において臨床試験を行う準備が進められています.大切なことは,第一に胎児心臓の正確な診断です.治療の必要がない胎児に侵襲的な処置をすることは避けなければなりません.また,胎児治療は必ず母体に影響があります.健康な母体への様々な影響を十分に考慮した上で行う必要があります.将来,胎児心臓の出生前診断が益々普及して,全ての児が胎児心臓病学に基づく適切な周産期医療を受けられるようになることが理想と考えています.

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