日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(6): 448-449 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.448

Editorial CommentEditorial Comment

トランジションと社会保障制度Transition of the Social Support Systems in Heart Disease

九州大学病院小児科・ハートセンター成人先天性心疾患外来Department of Pediatrics, Kyushu University Hospital ◇ Fukuoka, Japan

発行日:2017年11月1日Published: November 1, 2017
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小児心疾患患者の成人医療への移行にあたり,社会保障制度の移行は大変重要な問題である.我々が先天性心疾患の小児を診療する場合は,医療費の補助は概ね手厚く,患者の経済的な負担を理由に治療が制限されることは比較的少ない.しかしながら,20歳に達すると小児慢性特定疾病等の制度は利用できなくなるため,指定難病等の成人患者のための制度に移行する必要がある.もちろんすべての患者が指定難病の認定を受けられるわけではない.また,認定を受けられたとしても,その多くは一定の医療費の自己負担を必要とするものであり,突如として患者の経済的負担を考える必要が生じる.特別児童扶養手当や障害児福祉手当も同様に成人するとともに適用されなくなるので,可能な場合は障害年金を申請するなど,適切な制度の利用が求められる.小慢事業では,医療費助成以外にも,日常生活用具の給付等も行われており,慢性疾患のある患者や家族にとっては,医療の補助だけではなく,社会生活を健全に営むための多角的な視点からのサポートが必要である1).こういった社会保障制度の移行に関しては,患者や家族の主体的な情報収集の程度には大きな個人差があるので,医療従事者側が専門職員等の協力を得て積極的に支援する必要がある.特に精神疾患など心臓病以外の疾患を合併した場合などには,必要書類を作成してくれる医療機関を探すのに時間がかかることもあるため,すべての患者が適切なタイミングで適切な制度を利用できるよう,ある程度早めに医療者側から情報提供をする必要がある.早くから移行期医療に取り組んでいる北米においても,小児から成人への医療保険・社会保証制度の移行は本邦同様に重要な問題となっており,移行患者用の資料にもスムーズな移行を支援する情報が含まれている2)

従来は56疾患であった指定難病の幅が,2017年4月には330疾患にまで広がったことは現場の医療従事者や患者にとって大きな福音だが,その支援内容はどちらかというと広くて浅いものになっている.確かに現実的にみると,少子高齢化,納税人口の減少が著しく今後も状況の悪化が見込まれる日本において,手厚く幅も広い支援は現実的に財源確保・維持が困難かもしれない.そのような状況下で,毎年1万人近く増え続ける成人先天性心疾患患者に対して,我々が最も注力すべきなのは就労支援ではないだろうか.実際のところ,身体障害者の認定を受けた15歳以上の先天性心疾患患者143例を対象としたOchiaiらの報告では,41%が就労し,31%が学生である一方で,26%が就労していないという状況であった.就労者のうちfull timeで働いているのはその48%と半分以下であり,年金や医療費補助と同時に,就労支援,職場での理解の必要性についても指摘する回答が多くみられた3).この結果を見ても,成人先天性心疾患患者が自身の健康管理を行いながら,無理のない形で持てる能力を十分に発揮し,社会に貢献すると同時に収入確保を行えるのが最善であり,我々はできる限りの支援を行う必要があると考える.具体的には,必要に応じた診断書の作成や,適切な支援サービスの紹介などを行い,患者が本来受けられるべき教育や就職の機会を失うことがないよう最善を尽くすべきである.国は障害者雇用促進法において,企業に対して雇用する労働者の2.0%に相当する障害者を雇用することを義務付けている(障害者雇用率制度).必要に応じてこういった障害者枠を利用するなど,適切な情報を提供しサポートすることが大切である4)

大津論文5)はこのような成人医療制度の中で,肺血管拡張薬,在宅酸素療法等の費用により高額な医療費負担が問題となった2症例を報告しており,現場でよく遭遇する大切なテーマを扱っている.肺血管拡張薬ほど高額ではないが,筆者自身もDOAC開始後に患者から医療費の急な増加をについて質問をされた経験がある.カテーテル検査/治療や手術については,患者もそれなりに高い費用がかかることを予想できるが,こういった内服薬の開始時は,患者からすると新しい薬がひとつ増えるだけであり,医療費の急な増加を予測することは困難である.一定の経済的負担を生じる可能性がある検査/治療を開始する際には,医療者側が意識して現在の患者の医療費の負担や補助を把握し,利用できる制度があれば提案し,ない場合は医療費の増加について予め患者とよく相談する必要がある.成人科への移行時,手術やカテーテル検査を検討するとき,高額な薬を開始する時,進学,就職,結婚の際などが,患者の医療費負担や補助の内容を改めて確認するよい機会である.また,身体障害者手帳の有無などの重要な情報は,日頃からカルテの分かり易いところに明記しておくことが望ましい.

医学教育の基礎を築いたとされ,Osler結節にもその名を残す内科医William Oslerは,我々医師にとっての羅針盤となる数々の名言を残しているが,その中のひとつに以下のものがある.“It is much more important to know what sort of a patient has a disease than what sort of a disease a patient has.”6)筆者自身も含め我々医師は病状や治療方法ばかりに注目しがちであるが,家庭環境や就労状況などの背景を含めて患者の全体像をよく把握し,必要なケア・サポートを行う全人的な医療が本来望むべき姿であろう.これは進学,就職,結婚,出産といた人生の大事なステージによく遭遇する成人先天性心疾患患者の診療においては,特に重要と感じる.短時間,少ないスタッフで多くの患者を診療せねばならない本邦の医療現場の実情の中で,このような社会背景も含めてケアする医療を実現するのは決して容易ではない.しかしながら,慢性疾患を持つ患者が無事就職や結婚をした時の感慨は主治医としてもひとしおである.大津論文5)にもある通り,複雑で頻繁に改訂される社会保障制度の微細をすべて把握するのは容易ではなく,ソーシャルワーカーなど専門スタッフとの多職種連携は必須である.と同時に,主治医は小児/成人の社会保障制度について最低限の知識は常にアップデートしておく必要があるだろう.本報告のような経験を共有することはそのためにも大きな意義があると考える.今後も現場の診療と社会保障制度の双方の改善に向けて,患者とともに努力を続けていく必要がある.

引用文献References

1) 横谷 進,落合亮太,小林信秋,ほか:小児科発症疾患を有する患者の移行期医療に関する提言.日児誌2014; 118: 98–106

2) Amaria K, Stinson J, Cullen-Dean G, et al: Tools for addressing systems issues in transition. Healthc Q 2011; 14: 72–76

3) Ochiai R, Ikeda Y, Kato H, et al, Parents’ Association of Heart Disease Children: Social Independence of adult congenital heart disease patients in Japan. Pediatr Int 2017; 59: 675–681

4) 山村健一郎:移行期医療.日小児循環器会誌2017; 33: 1–6

5) 大津幸枝,増谷 聡,岩本洋一,ほか:小児先天性心疾患患者の成人移行に必要な社会支援の最適化—2事例報告—.日小児循環器会誌 2017; 33: 444–447

6) Kahn MW: What would Osler do?: Learning from “difficult” patients. N Engl J Med 2009; 361: 442–443

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.大津幸枝,ほか:小児心疾患患者の成人移行に必要な社会支援の最適化:2事例報告.日小児循環器会誌2017; 33: 444–447

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