日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(6): 409-410 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.409

巻頭言Preface

「欲求の階層」についてHierarchy of Needs

大阪市立総合医療センター小児循環器内科Department of Pediatric Cardiology, Osaka City General Hospital ◇ Osaka, Japan

発行日:2017年11月1日Published: November 1, 2017
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皆様,明けましておめでとうございます.

この巻頭言で私は,ある本で教わったことをお伝えしたいと思います.「欲求の階層」についてです.欲求は英語ではneeds.よく似た言葉にdesireがありますが,こちらは欲望とも訳されます.しばしば混同して用いられますが,心理学で欲求という言葉を使うときは主に無意識のものを指し,欲望は意識的なもの指すとのことです.欲望というと一般に情欲的なもの,あるいは金銭,地位,快楽を求めたりする意味で使われることが多いようです.欲求は,ブリタニカ国際大百科事典によると「人間をはじめとするあらゆる生体が,生命を維持し,環境に適応していくのに必要な均衡状態(ホメオスターシス)がくずれた場合,均衡を回復するために一定の行動を起こそうとして生体内に生ずる緊張状態.」と定義されています.生理的,心理的なものを含みますので,欲求とは人間の行動の原動力となるもの,欲求があるから行動が起こる,なくてはならないものということになります.前置きが長くなりましたが,その欲求に対するAbraham H. Maslow(アブラハム・マスロー)の学説のお話です.

この辺で「ある本」の正体を明かします.渡辺和子著“「ひと」として大切なこと”.渡辺和子さんと言えば,“置かれた場所で咲きなさい”の著者として有名です.ミリオンセラーになりましたので読まれた方も多いかもしれません.今回ご紹介する“「ひと」として大切なこと”は,著者がノートルダム清心女子大学で長年受け持っておられた「人格論」の講義をテープでおこしてまとめたものです.その中で著者は欲求について触れておられます.渡辺和子さんの言葉をお借りして「欲求の階層」ということについてご紹介したいと思います.

欲求にはいろんな種類の欲求がありますが,マスローは欲求にはいくつかの階層,ヒエラルキーがあるとしています.そしていくつかの原則があります.欲求には低次のものから高次のものがあるとして,原則①低次のものが時間的に先に現れる.原則②低次のものは高次のものより強く,したがって低次のものが満たされない限り高次のものは現れない.原則③低次のものが満たされればそれを求めなくなり,自然に高次のものが現れる.原則④これらの原則には例外がある.つまり,低次のものが満たされずとも高次のものが現れることもある.

一番低次の欲求は,「生理的欲求」です.その上の欲求は,「安全・安定に対する欲求」.その上は,「愛情と所属を求める欲求」.その上は,「評価・自尊の欲求」.そしてもっとも高次の欲求は,「自己実現の欲求」です.これは「マスロー(マズロー)の欲求の5段階説」として知られているようです.私は渡辺さんのこの著書に触れるまで知りませんでした.看護理論に組み入れられていて,看護師を目指す人は,その過程のどこかで学ぶ機会があるようです.医師はというと,身近な人にお尋ねしたのですが,ご存じの方はむしろ少なくこの巻頭言でとりあげさせて頂く意義もあるのかもしれないと考えた次第です.続けます.

「生理的欲求」が一番低次で強い欲求です.飢え,渇き,寒さ,睡眠などどれをとってもこれらが満たされない限り高次の欲求に移れないことは理解できます.基本的な生理的欲求は満たされていることがとても大切であると教えられます.次は「安全・安定への欲求」.地震や災害などで起こる身の危険,刃物などを突きつけられて命の危険が迫ったとき,人は愛情などよりもまず身を守る本能が一番強く働くだろうと思われます.老後の生活の保障というのも人々の大きな関心事で,愛情よりもそれが強く出ている老夫婦を多く見かけるというのも事実のように思われます.より高次の欲求をもって生活するためには,経済的安定および物理的,心理的,社会的安定が必要ということになります.これが満たされると自然に安全・安定を求めなくなって「愛情と所属(love and sense of belongingness)を求める段階」に入ることができるといいます.何かに所属したいという気持ち,愛し愛されたいという気持ちです.愛は安全・安定の次であるということは示唆深いものを感じます.愛に訴えたり,愛やこころに頼ろうとしても安全・安定が保障されないかぎり難しいことが理解されます.愛情と所属の欲求が満たされると,「評価・自尊(self-esteem)への欲求段階」に上ることができるといいます.自分の価値が認識でき,他人から評価されたいという欲求です.これが十分に得られないと両極端の形,すなわち自己顕示という形と卑下あるいは劣等感という形をとるといいます.以上4つの欲求を卒業するといよいよ「自己実現(self-actualization)の欲求」で人が動くようになるとのことです.ただし,欲求段階には原則で述べたように例外があります.必ずしもそれぞれ満腹したがゆえに上に上がるというものでなく,欲求の限界を見きわめ,より高い欲求に上がるということもあり得ます.

下位4つの欲求を「欠乏欲求」または求める欲求と呼び,自己実現の欲求を「成長欲求」または与える欲求と呼びます.欠乏欲求は,当人以外の人,または,ものがこれを満たし得る欲求といえます.成長欲求,自己実現の欲求は,満たされたがゆえに起きる欲求で,自己の内に充実したエネルギーを外に表現し,他人に与えたいという欲求です.愛されるよりも愛したい,理解されるよりも理解したい,慰められるよりも慰めてあげたい,褒められるよりも褒めてあげたい,もらうよりもあげたい,そういうエネルギーを自分の中にもつことができた人が自己実現の欲求段階にある人と言えます.そういう人になることが皆さん方の成長の方向なのですと,渡辺和子さんは学生に向かって話しかけておられます.そういう気持ちの自分になるためには,まず自分が満たされていなければならない.そして自分の生活もそうだけれど,人さまの生活にかかわっていく時,できるだけ低次の欲求を満たしてあげることが大事になると説いておられます.

世界のニュースを見ていますと,低次の欲求を満たすことも難しい地域が各所にあると知らされます.それに比べて日本は豊かで平和です.しかし,子どもの貧困が社会問題化してきています.医療の現場というのは,まさに低次の欲求に困難をかかえた人々とのかかわりであると言っても過言ではないかと思われます.新年を迎えてそれぞれの場所,それぞれのステージで新しい目標を定められた会員の方々も多くおられるものと思います.マスローの欲求段階というものに少し思いをめぐらしてみるのもいいかもしれません.

では皆様,今年がよい年でありますように.

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