日本小児循環器学会雑誌 Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

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Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(2): 179-180 (2016)
doi:10.9794/jspccs.32.179

Editorial CommentEditorial Comment

不整脈原性右室心筋症の臨床分子遺伝学Clinical Molecular Genetics in Arrythmogenic Right Ventricular Cardiomyopathy

北海道大学大学院小児発達医学分野Department of Pediatrics, Hokkaido University Graduate School of Medicine ◇ Hokkaido, Japan

発行日:2016年3月1日Published: March 1, 2016
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2015年3月に米国心臓病学会が「40歳以下の若年者の心臓突然死について覚えておくべき10の要点」を発表した.その中で,最も多い器質的疾患は肥大性心筋症であるが,国によっては次に多いのが不整脈原性右室心筋症(ARVC)である,と述べている.日本では若年例での突然死におけるARVCの剖検例は稀であり,頻度も不明であるが欧米では重要視されている疾患である.

ARVCは右室心筋の局所的な線維性脂肪変性を特徴とし,右室拡大や不整脈により右心不全や動悸,失神,突然死などをきたす原因不明の心筋症である.本症の診断基準は1994年にESC/ISFC Task Forceによってはじめて提唱された1)が,重症例や剖検例を対象とした特異性の高い診断基準であった.その後関連遺伝子変異の報告が増え,保因者などに対する早期診断,突然死予防の観点から,より感度の高い診断基準が必要とされ,2010年に現在の診断基準に改訂された2).大きな変更点は,右室形態・機能異常や組織所見に数値基準を設けた点と右室自由壁からの心内膜心筋生検を重要視した点,および遺伝子変異の存在が追加されたことである.この診断基準をみると成人を対象としたものであることが分かる.心室形態や心電図の診断基準は体格の小さい小児には必ずしも当てはまらないし,右室自由壁の心筋生検も小児ではリスクを伴う.

しかしながら,小児においても本症を診断する鍵となる重要な所見がある.

ARVCは右室の形態変化に先行して脱分極・再分極異常や刺激伝導系の異常,不整脈が出現することが多い.古典的な特徴は12誘導心電図右側前胸部誘導(V1–V3)のQRS終末部にみられるnotchで,WPW症候群のδ波がQRSの前(pre-exciting potential)にあるのに対してこちらは後(post-exciting potential)という意味でε(イプシロン)波と命名(ギリシャ語のアルファベットであるδの次がεである)されている.これは右室の局所的な伝導遅延を意味するもので成人では心筋梗塞やサルコイドーシスでも認められる所見である.12誘導心電図では捉えづらいQRS後の微小な電位は加算平均心電図によって精査可能であり,心室遅延電位(Late potential)とよばれる.ARVCでは小基準にこの項目が含まれている.

右室起源の持続性心室頻拍,非持続性心室頻拍の存在はARVCを鑑別すべきであり,特に右室心尖部起源(左脚ブロック上方軸)は改訂版では大基準にあてはまる.右室流出路起源の場合も特異性が低いが否定はできない(小基準にあてはまる).

もう1点,小児で本症を診断する鍵となるものは関連遺伝子変異の検出である.ARVCの原因遺伝子で最も多いのはデスモゾーム関連遺伝子である.デスモゾームとは細胞接着因子の一種で,多細胞生物の基本となる細胞結合の三要素(固定結合,連絡結合,閉鎖結合)のうちの一つ,固定結合に関わる.固定結合は機械的ストレスに対して組織形態を維持する役割をもち,皮膚や心臓に多く発現されている.エーゲ海Naxos島で発見されたARVC家系の原因遺伝子はデスモゾーム関連遺伝子(JUP)であることが後に判明したが,皮膚疾患(掌蹠角化,ウール状頭髪)が合併することでも知られている.デスモゾーム関連遺伝子は5つの遺伝子(DSP, PKP2, DSG-2, DSC-2, JUP)が知られているが,森らの論文における症例で認められたDSG-2変異は左室心筋にも線維性脂肪変性を及ぼすことでも知られている.ARVC関連遺伝子にはデスモゾームとは関連のないものもあり,TMEM43, TGFβ3, RyR2がそれに該当する.森らの論文で報告されているTMEM43はLUMAというタンパク質をコードする遺伝子である.LUMAはEmerin, Lamin A/CなどとともにLinker of Nucleoskeleton and Cytoskeleton(LINC)複合体といわれる核膜タンパク質群の一種で,核に連結して細胞質からの機械的な力を核に伝える役割を担っている3).また,脂肪細胞分化に関与する転写因子PPARγの標的遺伝子でもあり,心筋の線維性脂肪変性に関与している可能性がある.最近LINC複合体の遺伝子変異によるミオパチー,心筋症が注目されており,TMEM43変異はARVCの他,Emery–Dreifuss型筋ジストロフィー症を引き起こすことでも知られている.したがってARVCは心筋における細胞結合や細胞内構造に関わるタンパク質の機能障害によって機械的ストレス下に潜行する心筋症であることが理解できる.

一方で遺伝子検査結果の解釈は病的変異(Deleterious mutation)なのか,関連性が不明(Variant of uncertain significance, VUS)なのかによっても異なってくる.森らの症例によると,DSG-2上のミスセンス変異はアミノ酸配列変化がタンパク機能に与える影響を予測するプログラム(SIFT, PolyPhen-2)において病的変異の可能性を示唆しているが,TMEM43上のミスセンス変異ではVUSである可能性が高い.しかしながら,VUSであってもARVCでは突然死のリスクがある4)ことや,本症例のように二重変異を認めている場合は修飾因子(modifier gene)になり得ることから,臨床上では突然死や重症化の危険性を充分に認識する必要があるものと思われる.

最後に,デスモゾームは電子顕微鏡で確認できる構造体であり,ARVC患者にデスモゾームや介在板の形態異常を認めることが報告されている5).また,免疫蛍光抗体法によってデスモゾーム関連タンパクであるplakoglobinを介在板に検出する方法を用いるとデスモゾーム関連遺伝子であるかどうかにかかわらずARVC患者においてシグナルの低下を認めているとの報告がある6).早期診断,突然死予防を目的としている現状においてはARVCのいわゆる“concealed phase”において光顕像で線維性脂肪変性を検出することは難しいことと思われるが,遺伝子変異とそれによって説明されるタンパク質の機能,形態を超微形態や分子イメージングで観察すると早期診断や病因解明につながる興味深い知見が得られるかもしれない.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 森 浩輝,ほか:小児期に発症し重篤な左心不全症状を呈した不整脈原性右室心筋症の一例.日小児循環器会誌2015; 32: 171–178

引用文献References

1) McKenna WJ, Thiene G, Nava A, et al: Diagnosis of arrhythmogenic right ventricular dysplasia/cardiomyopathy. Task Force of the Working Group Myocardial and Pericardial Disease of the European Society of Cardiology and of the Scientific Council on Cardiomyopathies of the International Society and Federation of Cardiology. Br Heart J 1994; 71: 215–218

2) Marcus FI, McKenna WJ, Sherrill D, et al: Diagnosis of arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy/dysplasia: Proposed modification of the task force criteria. Circulation 2010; 121: 1533–1541

3) Stroud MJ, Banerjee I, Veevers J, et al: Linker of nucleoskeleton and cytoskeleton complex proteins in cardiac structure, function, and disease. Circ Res 2014; 114: 538–548

4) Fressart V, Duthoit G, Donal E, et al: Desmosomal gene analysis in arrhythmogenic right ventricular dysplasia/cardiomyopathy: spectrum of mutations and clinical impact in practice. Europace : European pacing, arrhythmias, and cardiac electrophysiology. J Working Groups on Cardiac Pacing, Arrhythmias, and Cardiac Cellular Electrophysiology of the European Society of Cardiology 2010; 12: 861–868

5) Basso C, Czarnowska E, Della Barbera M, et al: Ultrastructural evidence of intercalated disc remodelling in arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy: An electron microscopy investigation on endomyocardial biopsies. Eur Heart J 2006; 27: 1847–1854

6) Asimaki A, Saffitz JE: The role of endomyocardial biopsy in ARVC: Looking beyond histology in search of new diagnostic markers. J Cardiovasc Electrophysiol 2011; 22: 111–117

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