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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(3): 77-79 (2015)
doi:10.9794/jspccs.31.77

巻頭言Preface

新学期に思う小児循環器を始める先生にMessage to Young Pediatric Cardiologists in a New School Year

三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座小児科学分野Department of Pediatrics, Division of Clinical Medicine, Graduate School of Medicine, Mie University ◇ 〒514-8507 三重県津市江戸橋二丁目174番地2-174 Edobashi, Tsu-shi, Mie 514-8507, Japan

発行日:2015年5月1日Published: May 1, 2015
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新緑の香りが清々しく,新しいメンバーが入ってくる季節となりました.2017年から小児科専門医試験の受験に,査読雑誌の筆頭著者であることが必須となります.その前に日本小児循環器学会雑誌が電子化され,低コストで多くの論文を掲載できるようになったことは朗報です.今後さらに英文誌の発行も予定され,アジアをはじめ欧米諸国からの臨床・基礎研究と症例の発表の場(国際化)へと繋がれば,益々その重要性が増すでしょう.今後,日本小児循環器学会の国際的な役割が一層期待されます.

2004年に開始された新臨床研修制度の開始以降,大学病院での研修と入局の減少に,(狭義の)専門医指向の高まりもあり,大学院進学者数の低下傾向,日本からの論文数の低下が叫ばれてきました.しかし,ごく最近は,制度の移行期からの脱却,プログラムの工夫・充実もあってか,大学院進学者数は増加の基調にあり,志願者が定員を超える大学も増えてきております.自らを振り返り,多忙な診療の中では,日進月歩の医療と地域での新しいニーズに対して,可能な情報(エビデンス)の下で判断しながら日々対応に追われているように思うことがあります.その中で,問題のより本質的な理解と解決,これまでの診療の再評価と最適化(optimization)は重要な仕事ではないでしょうか.今後,基本領域,サブスペシャリティの専門医資格を取ることが当たり前となれば,独自の課題に取り組み,リサーチマインドを養う研究の機会は,(本来の)専門医の卒後研修となるかもしれません.さらには国際学会で発表,海外留学の機会に繋がり,国際化の時代の情報発信・国際交流が盛んになることが期待されます.本稿では,特に国際学会,海外留学と臨床医の研究について,若手の先生に向けて見聞を報告したいと思います.

国際学会・留学受け入れ施設では,若手研究者の為のセミナー,キャリア支援のためのプログラムが組まれており,例年米国心臓学会(AHA)でも前日に各分科会の最先端の話題を含む教育セミナー,キャリアパス,研究支援などの講演があります.海外留学・国際学会での醍醐味は,第一級の人物とそのスピリットに触れる体験です.留学先のトロント小児病院で,ある時ボストン小児病院Judah Folkman教授の講演がありました.小児外科教授であられますが,雑誌CellのEditorial Boardのメンバーでもあった第一級の研究者で,1970年代に腫瘍血管新生の概念を提唱され,最終的にendostatin,angiostatinのcloningに成功しました.しかし,オリジナリティーの高い研究の常として,腫瘍血管新生の概念も発表当初は,学会での評判が芳しくなくなかったこと,臨床的な発想(「腫瘍の原発巣の切除後に転移巣が増悪することから,腫瘍で抗血管新生因子が産生される」)からの抗血管新生因子のcloningというリスクの高いプロジェクトであり,期待するPh.D.研究者を探すのに大変苦労されました.最終的には研究歴のない外科のレジデント(愛嬌をもってignorant surgical residentと呼んでいました)の先生が,Ph.D.研究指導者の下で先のcloningの結果をCellに2報を発表し,一躍学会の注目を浴びました.その研究者スピリットは,最近では山中伸弥教授のiPS細胞発見の秘話1)に通じるもので,大変勇気づけられます.さらに血管新生の領域が,固形腫瘍から動脈硬化他の血管病のみならず,成長発達,白血病,ダウン症,整形,眼科疾患の多岐に渡るにつれて,専門領域の異なるラボの研究者は困惑したようでした.その中で,「血管新生は,ヒトが人為的に学問領域を区切る前からあった」とユーモラスに語られ,(そもそも腫瘍血管新生も含めて)垣根を超えた独自の視点,枠にはまらない人柄が印象的でした.Peter Libby教授は,Brigham and Women’s Hospitalの循環器教授で,日本循環器学会で毎年のように講演で来日され,動脈硬化と炎症,急性冠症候群の分子機序の主要な基礎研究をされたトップのphysician scientistです.一度AHA(Orland)で若手研究者向けのセミナーで教育講演を拝聴しました.気品溢れる如何にもスマートなボストンの紳士で,臨床医の研究の意義について明快に述べられました.臨床的問題を検討する際に,同じバックグラウンドの者で考えると,自らを振り返り往々にして行き詰まったものです.集学的アプローチとチーム編成による明確なビジョンと先を見据えた戦略の構築(Be a strategist)が重要であり,新しい概念(現象),方法論,モデル系,分子の導入がプレイクスルーに繋がること,リスクとチャンス(challenge & opportunity)は隣り合わせであるとのことでした.日頃の診療での疑問は,「何が問題か」,「どう証明するか」に至らずに自らを思い返し定説に流されがちです.「問題点を発見」し,新たに「テスト可能な研究仮説」を設定するには,独自の観察力と批判的思考力,領域を跨ぐ発想力,チャレンジするマインドの重要性を説かれました.そのために,一時期でも基礎的なhypothesis-driven researchに従事して,仮説形成,方法論の吟味,実験,結果の議論を通じての科学的トレーニングすることの重要性を強調されました.

実際,私が留学しましたトロント小児病院のラボでのことです.師事しましたRabinovitch教授(現スタンフォード大学教授)のミーティングでは,個々の実験計画を発表するにも,仮説とそのoriginality(誰もやっていない)とrationaleを述べる背景の提示がconvincingでないと実験の話までたどり着かず,発表前の準備は大変でした.今も,論文作成時に,background,discussion,reviewerへの返事でロジックを書く時は,彼女が隣におられるような気がします.霧が晴れるように視界の広がる仮説設定,幅の広いアプローチ選択を好まれ,一度ロジックが成り立てば,チャレンジ精神は表現しがたいほどでした.留学まもない頃,ある遺伝子改変マウスを用いた研究の講演会にご一緒した時,講演後に,“Molecular biology(おそらくknockout technology)does not tell the mechanisms”,“Hypothesis is very important in microarray analysis”と述べられ,今に至るまで印象的です.血管系の分子細胞生物学を勉強しに行っていた者にとって,あまりにも逆説的ですが鋭い発言の意味(仮説検証研究における分子生物学的方法の意義と限界)を,自分なりに理解するのは少し後でした.また彼女の研究仮説の基になる症例経験を見聞きするに,症例の意義を教えられます.何が分からないかを教えられること(仮説探索的な意義),集学的アプローチによる検証課題が課せられることが挙げられます.彼女はM.D.ですが,ラボのメンバーの2/3はPh.D.で,その専門は,細胞生物学,分子生物学,分子遺伝学,蛋白科学と多方面(versatile)に及びました.Molecular basisを問われることの多い基礎研究において北米のPh.D.には圧倒されがちですが,結局は,臨床医が本当に知りたいことに答えてくれることは極めて限定的であり,症例と行き来できる強みを持ち,それ故に視野の広いphysician scientistの役割について考えさせられました.この点に関して,トロント小児病院で,年1回開催された診療科を跨いだ研究会のことが思い出されます.各診療科には,専門領域の先端医療,臨床試験,教育と平行して,基礎的な研究から社会医学的な研究(population science)まで広く見渡せる研究オーガナイザーのような役割を果たす先生がおられ,その幅の広さ(知識と言うよりappreciate[関心と理解]の幅)は圧巻でした.高い専門性があればこその俯瞰力,虫の目,鳥の目をもつT字型専門家像を教えられました.

研究者の視野に関してのエピソードです.留学中に会った研究者は,専門領域外の講演会にも日頃から積極的に参加され,むしろ楽しんでいるように見えました.そこで,人に紹介されると“What is your background?”と聞かれることも多いと思います.実際,日本の知り合いは,名前と出身大学が一致しますが,留学中の同僚のそれは不明で,やはりbackgroundしか思い出せません.AHA(Dallas)の若手への教育セミナーで,あるご高名な肺高血圧(PH)の研究者の講演で,PHの基礎研究以外に,左心不全の基礎研究に関わってきたとのことでした.一般に流行の後追いのような安易な研究の多角化は,時間を削ぐばかりで大変危ういと思われます.講演では,(PH研究における右室不全を視野に)相互に関連した複数の研究領域を持つことの意義を強調され,“Mixture of two to three backgrounds makes you what you are at last”と明言し,バックグラウンドと研究者の視野,個性について考えさせられました.また,留学中に参加したAmerican Society of Cell Biology Meeting(San Francisco)で,細胞骨格のイメージングのシンポに参加した後に,ある米国で教授を務める日本人研究者と話をする機会がありました.そのシンポの参加者のほとんどが,元はcell-free systemでのリン酸化など蛋白科学(protein chemistry)の研究者とのお話でした.アメリカでは,関心領域は同じでも全くアプローチが変わるのが日常的で,日本では「道の概念」もあり,研究対象やアプローチが異なることに後ろめたい気が先立つ,とのコメントでした.結局,北米でのラボの存続は,強みを守りつつも,留まることのリスクを熟知した者の変化の歴史であり,それが競争的環境,人の流動性を介して,集学的アプローチを尊重する研究風土を生み出したと思われました.

一方,海外留学では,海外で働き,家族で住むことで,本来の目的と同程度,あるいはそれ以上に強調したいのが,日本の医療のすばらしさを外の目から体感することです.それ故,日本の臨床を欧米アジアに知らせること自体が大きな研究課題で,challenge & opportunityでもありますが,国際貢献と更には国内の社会貢献に繋がれば,臨床医として本望です.AHA 2014(Chicago)では,経営学に引き続き医学に入りつつあるいわゆるBig Dataの循環器領域の応用の2014時点での総決算が大きなテーマでした.Global Congress on Big Dataと題して特別企画が連日あり,その内訳では,登録研究,ゲノム科学,電子カルテ/e-leaningに加えて,mobile healthは注目を引きました.Big Dataと言えば,データの膨大な量,無構造で豊富な種類,リアルタイム性とで特徴づけられ,医学もデータサイエンスの一つになると考えられています.医学領域で有効性と過度の期待への反省の例として引用されるのが,Scienceに報告されましたGoogleのアクセス状況によるインフルエンザ予測です2).日本の小児循環器へのインパクトは何でしょうか.最近では,スマートフォンでの12誘導心電図アプリ,生体モニター等が報告され3,4),GPS機能も含めて,小児循環器領域への応用,学校心電図検診への挑戦,学校外でのAEDを用いた蘇生への応用があり得るかもしれません.もし日本の学校検診データの縦断的登録(ただデジタル化が必須)も含めて統合できれば,日本発のリアルタイムのBig Dataができないかと思い巡らされます.

謝恩会に引き続き,新学期を迎えて,新メンバー,学生さんを前にしてキャリアパスが話題になります.小児科,小児循環器に勧誘する際に,「(ただでさえ忙しい)臨床医にとって研究と留学とは何か」と問われることがあります.また,これは今も自問自答している問いかもしれません.結局,仮説検証研究の思考作法に加えて,リサーチマインド(ビジョンを持って独自に考えるマインド),集学的アプローチ(領域を跨ぐ見方・考え方・アンテナの張り方)と国際的視野は,臨床医にとって汎用性のある能力ではないでしょうか.先輩諸氏の前で僭越ながら,あくまで若手向けに私見を述べさせて頂きました.

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