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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(4): 135-137 (2015)
doi:10.9794/jspccs.31.135

巻頭言Preface

臨床と研究の融合科学論文のススメA Harmony of Clinic and Research: Encouragement of Writing The Scientific Paper

慶應義塾大学医学部小児科学教室Department of Pediatrics, School of Medicine, Keio University ◇ 〒160-8582 東京都新宿区信濃町35番地35 Shinano-machi, Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan

発行日:2015年7月1日Published: July 1, 2015
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第51回学術集会が大盛会に終わり,日本小児循環器学会も新たな年度に入ります.巻頭言を述べさせていただくにあたり,まず若輩の私を理事に御推挙下さいました学会員の皆様に深謝申し上げ,学会の発展のために益々尽力させていただくことを心に誓いたいと思います.安河内理事長,角副理事長のご指導のもと,いろいろなお仕事をさせていただいております.今回は白石委員長,住友副委員長のリーダーシップにより,電子ジャーナル元年を迎えた本誌の編集委員の一人として,特に若手の先生方に贈る「科学論文のススメ」をテーマとしてみます.

私がまず若手の先生にお伝えしたいことは,「10年先の自分をイメージすること」です.自分は卒後10年間で臨床と研究を半々にして,研究留学することをイメージしました.印象深い赤ちゃんとの出会いが一つのきっかけで,「先天性心疾患の成因解明」を研究テーマにしてからモチベーションが高まりました.彼は複雑心疾患を持ちながら,独特の表情で懸命に持って生まれた試練に立ち向かっていました.後にその表情が22q11.2欠失症候群(22q11DS)に関連することを診断し,留学した研究室で22q11DSの臨床分子遺伝学と基礎発生生物学との融合研究の成果を科学論文として発表することができました.競合する各国の研究室から厳しい質問・批評も受け,国際競争の激烈さも知り,本当に世界が広がりました1)

私にとって,科学論文を書くことは,いつも無量の楽しみである一方,非常な苦しみでもあります.私に科学論文の書き方を教えて下さったのは,先代松尾宣武教授です.学位指導の時でした.お忙しい日々の業務の合間を縫って,となるといつも夜でしたが,数年間にわたって本当に丁寧にご指導下さいました.私もいつか,自分の力で科学論文を書けるようになりたい,後輩に指導できるようになりたいと心から思い,留学を含めて研究生活を送ってきました.

当時,松尾教授は,「木下是雄の『理科系の作文技術』2),これは名著です,必ず読みなさい」と言われました.実は,結局,日々の忙しさに負けて読んでいなかったのですが(松尾先生,誠にすみません),今読んでみると,教授が私に刷り込んで下さったエッセンスが,すべて詰まった名著でした.以下に引用します(☞で示します).今,科学論文を書いている先生,これから書こうと思っている先生方に,ぜひ参考になればと思います.

  • ☞ 理科系の仕事の文書(つまり科学論文)を書くときの心得:(a)主題について述べるべき事実と意見を十分に精選し,(b)それらを,事実と意見とを峻別しながら,順序よく,明快・簡潔に記述すること.
  • ☞ 明快・簡潔な文章を書くこと:
    • - 論理の流れがはっきりしていること.
      • ➢ 文章ぜんたいが論理的な順序にしたがって組み立てられていなければならない.
      • ➢ 一つの文と次の文がきちんと連結されていて,その流れをたどっていくと自然に結論に導かれるように.
    • - なるべく短い文で文章を構成すること.
    • - 一文を書くたびに,その表現が一義的に読めるかどうか,ほかの意味にとられる心配はないかを吟味すること.
    • - はっきり言えることはズバリと言い切り,ぼかした表現を避けること.
    • - できるだけ普通の用語,日常用語を使うこと.
    • - 必要なことは洩れなく記述し,必要でないことは一つも書かないこと.
      • ➢ 何が必要かは目的(用件)により,また相手(読者)の要求や予備知識による(その判断に,書く人の力量があらわれる).

実際に書く時には,

  • ☞ 書きたいことを一つ一つ短い文にまとめる.
  • ☞ それらを論理的にきちっとつないでいく(つなぎのことばに注意).
  • ☞ いつでも「その文の中では何が主語か」をはっきり意識して書く.

ことと,読み返しが重要で,

  • ☞ 不要なことばは一語でも削ろうと努力するうちに,言いたいことが明確に浮彫になってくる.その結果,一語一語が欠くべからざる役割を負っていて,一語を削れば必要な情報がそれだけ不足になる.
  • ☞ 事実と意見(判断)との区別を明確にすること:
    • - 第1文で意見として書かれていることが,第2文では事実として扱われている.この種のスリカエがおこなわれると,論理の組み立てがぐらぐらになってしまう.不当な結論がみちびきだされることも稀でない.

物事を考える時,あれこれ連想して,思考は往々にして回り道します.はじめから一本の直線のような明快な論理は進みません.考えていることを時系列でそのまま書かれた文章は,大概読者にとってとてもわかりにくいものになります.また,油断するとそこには感情も入り,本来別物で混じり合うはずのない「事実」と「意見」の区別が,簡単に曖昧になります.「意見」がいつのまにか「事実」のように記述される誤った論理展開が見られることも少なくありません.意識して何度も読み返すことで,「事実」と「意見」を明確にした上で,論理の流れを直線的にしていく必要があります.

木下是雄氏は,「ロジカル(論理的)であるということは,文章を上から下に読んでいったときに,すっと頭にはいってくるということだ.つまり,読んだ所までの内容がすべて理解可能であるような流れになっているということだ.前に戻って読み返さなければならないような文章や,理解できないのでとりあえず保留しておくことを読者に強いるような文章はロジカルではない」と語っています.

私は科学論文を書く時に,いつもパラグラフを一つ一つ完成させ,最後にそれをつなげて一つの論文にします.いきなり論文全体を完成させようと考えると大変で,気が滅入ってしまうかもしれません.でも,それぞれ「一つのトピックに限定したパラグラフ」を一つ一つ完成させることを目的に,文章を一文一文書いて,連結していけば,徐々に,自然に論文ができ上がってくる,という感じです.もちろん,一文ごと,一パラグラフごとに,何度も読み返して吟味することが必須です.以下,再び引用です.

  • ☞ パラグラフ:
    • - パラグラフは,内容的に連結されたいくつかの文の集まりで,全体としてある一つのトピックについてある一つのこと(考え)を言う(記述する,明言する,主張する)もの.
    • - パラグラフは,(a)トピック・センテンス,(b)トピック・センテンスで要約して述べたことを具体的に,くわしく説明するもの(展開文),(c)そのパラグラフと他のパラグラフとのつながりを示す文,によって構成される.
  • ☞ トピック・センテンス:
    • - そこで何について何を言おうとするのかを一口に,概論的に述べた文.
    • - トピック・センテンスと関係ない文や,トピック・センテンスに述べたことに反する内容を持った文を同じパラグラフに書きこんではいけない!
  • ☞ 科学論文は重点先行主義で書くとよい:
    • - 重点先行主義にしたがって,トピック・センテンスを最初に書く
    • - 表題あるいは書き出しの文を読めばその文書(パラグラフ)に述べてある最も重要なポイントがわかるように配慮すべき(まずはじめに「Take home message」を示すようなもの)

原著論文を書く時,私はまずResults(症例報告であれば,Case)を書くことをお勧めしています.次にResults(ないしCase)から導き出されるDiscussionについて,トピックスを三つ前後に絞って,それぞれ一つずつのパラグラフとして書きます.各パラグラフのトピックを絞る,すなわちそのパラグラフのトピック・センテンスを書き上げる時が,一番の考えどころです.その次にDiscussionのために引用した背景や知識(これまでの知見や過去の報告)を読者にわかってもらえるように,Introductionを書きます.Introductionについても,やはりパラグラフを三つ前後に絞って,必要十分かつ最小限の分量と考えます.最後に全体をまとめる形でAbstractを書きます.

「書くことは,考えることだ」という言葉がありますが,科学論文を書くことは,自分自身の考えを論理的にまとめるトレーニングにも最適です.例えば臨床の現場で,患者さんのご家族に病態・病状を説明して,治療方針を理解してもらうためには,相手の要求や予備知識にしたがって必要なことは洩れなく,必要でないことは省いて,明快・簡潔かつ論理的にお話をしなければなりません.これはまさに上述した『理科系の作文技術』のエッセンスです.

私は編集室の皆様と一緒に,若手の育成と学会員の知識のupdateを両立する学会雑誌を編集していきたいと思っています.特に,小児循環器学を志す若手がリサーチマインドを持って科学論文を執筆し,指導医の指導と雑誌の査読を経て,アカデミックに成長することをお手伝いしたいです.昨今,インパクト・ファクター偏重主義により症例報告を廃止する雑誌が増えていますが,小児領域,先天性心疾患領域では個々の病態が多様で,同様の症例の数が成人領域に比べて圧倒的に少ないので,症例報告も重要です.松尾前教授のご指導の中にも「後から診る人の臨床に役立つ症例報告は,科学論文として価値が高い」という教えがありました.はじめての若い先生方は,まず症例報告からがよいと思います.本誌でも症例報告を大事にしていきたいと,私は考えます.そして,科学論文の書き方・論理的思考を学んで,臨床研究,基礎研究に進みましょう.長い論文を書こうと,構える必要はまったくありません.これまで述べてきたように,短くて,明快・簡潔で論理が直線に近い論文が,実は科学的に優れていて,acceptされやすいのです.

私たち慶應義塾でよく使われる用語の一つに,「自我作古」という言葉があります.「我より古(いにしえ)を作(な)す」と読む中国の「宋史」に見られる言葉で,「自分が先人として歴史を作ることを目指す」という意味です.大きな歴史を動かすことができる人物は,世の中にそれほどたくさんはいないと思いますが,本誌に科学論文を掲載することは,後世まで残る本誌の歴史の1ページを作ることにほかなりません.それがもしも一人でも患者さんの幸せにつながれば,とてもうれしいことだと思います.

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